愛してもいいですか
12.社長と秘書




神永はあの日私に『いいきっかけになれば』と言って、お見合いの話を聞かせた。

“きっかけ”って、どういう意味だろう。

私が結婚するきっかけ?それとも、自覚するきっかけ?

その姿は今日も瞼の裏、消えない。いくら消したいと願っても、あのへらへらとした笑顔がまた浮かんでくる。





「あらあら、お綺麗なお嬢さん!着物もよくお似合いで!」



迎えた日曜日、お見合い当日の時計が午前十一時を指す頃。やって来た高級料亭の一室で、私の姿を見た従業員の年配女性は明るい声をあげた。

神永を連れ身支度を終えた私は、お見合いの時間までまだ少し余裕があるとのことで、相手と会う部屋の隣にある小さな和室で少し時間を潰すことにした。



中庭に広がる真っ白な石畳の日本庭園を散歩してもいいけれど、私の格好はいかにもお見合いといったような着物姿。

慣れない帯の締まった感覚が苦しくて、動き回る気にはなれない。



「では時間になりましたらお声かけますので。ごゆっくり」

「はい、よろしくお願いします」



折り目正しく礼をした黒色のフォーマルなスーツ姿の神永に、年配女性はにこにこと部屋を後にした。パタン、と閉じられた戸に、私は部屋の壁際に置かれた全身鏡で身なりを確認する。

そこに映った自分は、アイボリー色にピンクや紫などの花の模様の入った着物に身を包んでいる。



所々に銀色の刺繍の入った薄ピンクの帯に、淡い緑色の帯締め……着物は苦手だけれど、この着物一式は以前自分で選んで以来お気に入りだ。

普段は巻くだけの髪も美容室できちんとまとめ、紫色の髪飾りをつけて貰った。


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