【短編】失恋した次の瞬間には壁ドンされてました。
「やっと捕まえた」
「別れよう」

誰もいない放課後の校舎の片隅。
彼は言うだけ言って、彼女の言葉を待つことなくその場を去って行った。
告げられた彼女、井坂瑞希の青春はわずか1ヶ月で崩れ去ったのである。

告白されて、付き合ったことが始めてであった彼女は、相思相愛だった相手から別れを告げられることも始めてで、こんな時にどうすればいいのが分からなかった。
今まで自分として確立していたものが、一瞬で崩れ去る衝撃はとても大きい。
だから悲しいことは確かで、零れるものもあるのだろうと目を伏せた。

しかし、瑞希の目からは何一つとして零れない。どころか、泣こうとするほどに涙腺が締まっていくのを感じる。
何でと考える間もなく、1つの台詞が浮かんだ。

-「多分、お試しみたいなものだったんだよ」

数日前に友達から言われた言葉。それが、頭の中で反響した。
不安定な彼女の精神に、それがぴったりと当てはまって思わず笑いが零れる。
その程度の思考があった自分がどうなろうと構わない。どうせこんなところ、誰も来ないと、ゆっくりと意識を手放そうとした。

「危ない」

その小さな言葉。グラリと崩れる体を支える腕。いきなりのことに現状分析が間に合わず、そのままその腕の中に収まる。
だけなら良かった。

「やっと捕まえた」

そのささやきが悪魔からのものであったことだけは、間違いがないと思う。

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