私は彼に愛されているらしい
「これで近付いたらどうなるでしょう。」

そう言ってただでさえ密室の車の中で距離を詰めてくる。近い、顔が近い。

「ち、近い!近い近い!」

「駐車場まで送ってくれます?車置いてきちゃってるんで。」

「送る!喜んで送るからっ近いって!」

精一杯の力で竹内くんを押し返すと、彼は楽しそうに笑ってお願いしますと身を引いた。

冗談じゃない、心臓が只事じゃない。

深呼吸を繰り返して必死に感情を抑えないと事故りそうだと思った。

慎重に運転をして竹内くんの車の前に停車すると彼はこう言う。

「折角だから清水さんの提案通りにまた食事にでも行きましょう。」

「えっ提案?」

「次の機会にご馳走してくれるんでしょう?それ果たさないと、奢られたままじゃ気持ち悪いですもんね。」

あまりの言い分に開いた口が塞がらなかった。

なんだその口調、さっきまでと全然違うじゃない。

態度だってふてぶてしいものから嫌味なくらいに爽やかな、私が知るいつもの竹内くんに戻っているじゃないの。

「に…二面性~っ!」

「女子はギャップに弱いでしょ。」

策士、間違いなく奴は策士だ。

ちょっと待って次って何よ、だいたい今までの話からすると期待を持たせないためにも断るべきなんだよね。

「私、食事は…。」

「明日は今日の分の仕事が回ってるから明後日、金曜日にしましょう。皆やる気がないから流れで帰りやすいし。今度はお酒が飲めた方がいいですね、店探しときます。あ、予約もしときます。」

有無を言わさない態度はいつもと違う。

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