私は彼に愛されているらしい
「石川さん、これなんですけど…。」

そう話しかけると石川さんは体をこっちに向けて俺が差し出した紙面と画面を見比べながら聞いてくれた。何を悩んでいるのか、他部署の要望は何か、自分のこだわりは何か、どこまで悩んだ状態で上に相談すればいいのか、紙にまとめた煮詰まったこと全てを話して相談に乗ってもらった。

「チーフが忙しいのは分かるけど、そこまで自分が悩んでいることを箇条書き出来てるんだったら直接言った方がいいぞ。よく分からん状態で相談されるのは時間がかかって嫌がられるけど、自分でそこまで整理できてるんだったらチーフもちゃんと叱ってくれる。」

そう言って石川さんの視線の先を追うとチーフが自席で資料を見つめている姿が見えた。幸運なことに一人だ。

チーフの機嫌は分からないけど今はチャンスかもしれない。

「行って来い。」

「ありがとうございます。」

俺はすぐに資料を持ってチーフの下へ向かった。

社会人4年目、もう怒られるのが嫌だと思う程の甘さはない。というか、叱ってくれている、教えてもらっているという気持ちにとっくに切り替わっている。

機嫌次第で当たり散らすチーフの下にいたこともあったが、今はメンバーにも恵まれてそういう理不尽なことはまず降りかかってこない状況だ。なあなあでもない、適度な緊張感のあるチームに入れた幸運を大切に、今は思いきり成長するべきなんだと自分で思った。

「チーフ、相談があるんです。」

話しかけるとチーフは資料を置いて顔を上げてくれた。良かった、気持ちに余裕のある時だったらしい。

「僕の担当部位で複数の他部署と関わるポイントがあって。」

「ちょっと待て、図面図面…。」

俺の担当部位を確認するとチーフはすぐに車両資料から全体図面を取り出し机に広げた。そして相談内容を話し始めた俺の声に集中して耳を傾けてくれる。

そうした時間が暫く続き、話もなかなか深いところまで進んでいった。そんな時にチーフのデスクの電話が鳴る。

嫌なタイミングだな。正直、俺もチーフも同じことを思ったと感じた。ここで電話に中断されるとせっかく進めた話も流れが変わって上手くいかなくなりそうだ。

ため息を吐いたチーフが電話に手を伸ばそうとしたその時、高めの可愛らしい声が響いた。

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