ここまで至近距離にいれば、メガネをかけていなくても、新城先生の顔はよく見える。
だからここで「あちゃー!」という顔をしてしまったら、新城先生に失礼だ。

大体僕は、この人が「心傷ついた」って顔するのを見るのが好きじゃないし。
ていうか、相手が誰であってもそう思うし!

決して相手が新城先生だから、というわけじゃない!

「いやぁ。昨夜もすごかったねー」
「ぶはっ!!」

な、何だこの人はーっ!
「いやぁ、昨日の晩ごはん、おいしかったねー」みたいに軽く、そしていつもどおりの口調で、何気にすごいこと言いきったし!!

3年前と同じじゃないか。

おかげで引きつってた僕の顔と、頭の中を占めていた「この場をどう切り抜けようか」という思考は、どこかへぶっ飛んでしまった。
 
ホント・・・新城先生らしい気遣いだ。

僕はフッと笑うと、「昨日は僕、何回イッたんですかね」と新城先生に聞いてみた。
彼女と同じく、軽く、いつもどおりの口調で。

新城先生は、それこそ物怖じせずに「2回」と即答した。

う、正解だ。
てか朝起きて、二人とも全裸でベッドに寝たままこういう会話を普通にしてる僕たちって・・・始めたのは僕だけど!

だからそのまま「会話」を続けることにした。
他にネタも思いつかないし。

「新城先生は数えきれないほどイッてくれましたね」
「そだねー。あんたは大器晩成型で、私は発散拡散型・・・」
「わーっ!」
「何よ。あんたが言ったんでしょ?なかなか的を得た表現じゃない」
「う・・」

確かに。

『ちとせさんだけなんだ・・・僕・・・ちとせさんとだったら、1回イッてもまだまだ・・・いける』
『じゃ他・・・はっ、あぅ』
『1回イけばそれで・・・満足』

ホント。
マジで、いや、なんで相手が新城先生だと、必ず2回以上イッてしまうんだろう。
というより、1回イッても「もっと」って思ってしまうんだろう。
相手には何度もイッてほしいから、何度でもイかせるっていうのは、相手を問わずなのに。

・・・・・・そんなに遍歴はない方だと思うんだけど。

「私もあんたが相手だと、つい何度もイッちゃうし」
「ぐはっ!」
「やっぱり私たちって、セックスの相性いいんだよ。っていうより抜群!」
「は・・・はは・・」

あぁ、また顔引きつって来た気がする・・・。

「だからね、私決めたの。あんたがいいの」
「・・・何の」

セフレ?
・・・いや、新城先生って、サバサバし過ぎなところはあるけど、そういう関係は誰ともしたことないと思う。
この人はそういう人じゃない、と思っているのは、僕の・・・願望なのか?

「藍前」
「は・・い」

何だろ。
新城先生、珍しく緊張してるように見える。
大事なことを話すつもりか?

まさかちとせさん、病気・・・。

「私の子どもの父親になってくれない?」
「・・・・・・・・・は?」

子どもって・・・え?

「ちとせさん、妊娠したの!?」
「違うっ!」
「じゃ・・・」

「あんたの精子を私に提供して」





たっぷり10秒は、新城先生のことをじーーーっと見た。
僕から穴が開くほど見られた新城先生は、少々視線を泳がせながら、「・・・したいの」とつぶやいた。

・・・やっぱり今の発言、聞き違いじゃなかった。

「なんかさ、妊娠したい、子ども欲しいって切実に思ってさ。藍前との子どもだったら、絶対ハンサムで頭良くて、優しくてスポーツ万能で、何より健康な子が・・・」
「ちょっと待ってくださいよ!なんでそこまで話が飛躍するんですか!大体僕、視力悪いし」
「メガネかければちゃんと見えてるんでしょ」
「こっ、子どもの頃は体弱かったしっ!」

怯むな僕!!

「今は健康そのものでしょ。しかも性欲だってバッチリだし」
「それより僕自身の意志は!」と叫んでハッとした。

「まさか僕、昨日“プロテクション”しないでイタシた・・・」
「してたわよ」とアッサリ言われてホッとする。

ちゃんと避妊はしたという覚えはあった。
でも僕は、アルコールが入ると、所々記憶が飛んでしまうときがある。
まさに昨夜もそのパターンで・・・。

「どっちにしても今月の排卵日はもう過ぎた。だからゴムつけないでしても、いわゆる“安全日”じゃないから、妊娠する可能性は極めて低いのよね。もったいない」
「それ言うなら“危険日”でしょ!しかも何気に舌打ちしてるし!」
「今の私にとって妊娠ストライクゾーンの日は“安全”なのよ!」
「何理屈こねてんですか」
「・・・とにかく。今私は36。仮に今月・・はもう無理だけど、来月妊娠したとしても、出産する頃には37になってんの」
「だから?」
「切実なのよ。胎内時計の音まで聞こえてくるの!」
「そこまでカウントダウンが聞こえるなら、精子バンク行ってくださいよ!それこそちとせさんの欲求を満たす精子がいっぱいあって、選り取り見取りだと思うけど?」
「相手は私が知ってる男がいい。それに私はセックスして妊娠したいの。今から相手探すとなれば、それでまた時間食うし。何より条件満たしてる見知った男は、あんたしかいないもん」

僕は頭を抱えながら「何正論めいたこと言ってるんですか」とつぶやいた。

「正論じゃない」
「・・・さっきも言ったけど、僕の意志は・・・」と言ってる途中でスマホが鳴った。

この音は僕のだ。

僕はベッドからガバッと起きると、サイドテーブルに置いていたメガネをかけた。
所々記憶が飛んでいても、身についた習慣は変わらない。

そして床に散らばっている服の中からズボンを見つけてポケットを探り、スマホを取り出した。
よかった、壊れてなくて。

「はい」
「藍前先生?」

げっ!
相手を確認しないで出てしまったことを、今更悔やんでも仕方ない。

「あ・・・あっと、おはよ・・」
「おはようございますぅ。ねえ、今日休みでしょ?後でそっちに行ってもいい?」
「あーっ!あああっと僕、昨日結構飲んじゃって。だから今日はちょっとゆっくりしたいなーって・・・」
「そうでしたね。一昨日そう言ってたもんね。ごめんなさい、無理言って」
「無理じゃないんだけど!でも・・・ごめん」
「いいんですよぅ。それじゃあ明日」
「うん」と言ってスマホを切った僕は、力なくそれをサイドテーブルに置くと、ハァとため息をついた。

「ふぅん。やっぱり噂は本当だったんだ」
「うわぁ!いきなり間近に迫るのはやめてくださいよ!」
「今の電話の相手、看護師の宮本でしょ」
「へっ?な、なんで・・・」

って、そう言ったら「そうだ」と認めたことになるじゃないか!
あぁ僕、完全に狼狽えてる。

「つき合ってどれくらい?」
「・・・もうすぐ1か月」

そう。
僕にはつき合っている彼女がいる。
つき合い始めたばかり、と言ってもいいけど。
それでも昨夜はちとせさんと・・・。

だから「しまった!」という気持ちはあった。
しかもなぜか、宮本さんに対してじゃなくて、ちとせさんに対して申し訳ないと思ってしまった僕は・・・。

ベッドサイドに座ってる、僕の丸まった背中に向かって、ちとせさんは、「あの女はやめときなさい」と言った。

「新城先生に言われたくない」
「別にあんたの恋路の邪魔をしてるわけじゃない。でも宮本はやめときな」
「・・・なんで」
「宮本は極道幹部の愛人だよ」

思わず僕は、ちとせさんがいる後ろをふり向いた。

「なっ、なんでそんなこと知ってるんですか!」
「半年ほど前だったかしら。明らかにその筋の男が外科病棟に入院してたのよ」
「じゃあ相手はその人・・・?」
「うん。私、病院の経営にも少し携わってるから、従業員のことはあんたより把握してるつもり。同じ外科エリアだったらなおさらね」

・・・知らなかった。
じゃなくって、知ってたら、絶対「つき合う」ってオーケーしてなかった!
相手がどうこうというより、二股かけられたくない!

「宮本は、まだ極道男とつき合ってるはずだよ。しかも、この辺にそこそこ顔が利く組の幹部だし。だからただのチンピラよりたちが悪い。宮本は、あんたを金蔓にするつもりじゃない?あいつの本命彼氏まで出てきたら、何されるかわからないよ」

宮本さんは、僕が金持ちだということを知らないとは思うけど・・・。
もし知ったら、僕は金を巻き上げられるどころか、医者生命まで絶たれるかもしれない!

全く。
なんで僕は、宮本さんより新城先生のことをあっさり信じてしまうんだろうか。
そりゃあ、宮本さんより新城先生のことを長く知ってるってこともあるんだろうけど。

僕が苛立ちを手に込めながら、髪をガシガシかきむしったとき、新城先生のおなかあたりから、グーッという音が聞こえた。

このタイミング・・・ちとせさんらしいや。


「おなかすいた?」
「うん。昨日はいっぱい運動したし」
「ぶっ!もう新城せんせ・・・」

僕は笑いながら、新城先生がいる後ろをふり向いた。
途端、お互い全裸だということを意識してしまう。

今更。

でも新城先生は、恥ずかしがることもなく、いたって普通な感じで「何笑ってんの」と僕に言った。
僕は「別に」と言いながら立ち上がった。

「フレンチトーストでいいですか?」
「え」
「前もバクバク食べてくれたから、好きなのかなと思って・・・」
「うんっ!」

新城先生の弾む声に、思わず笑みがこぼれた僕は、ごまかすように咳払いをすると、サッサと服を着た。
そして寝室を出ようとした僕を、新城先生が呼び止める。

「何でしょう」
「あんたの服貸して」

・・・確かに、昨日の服は皺くちゃになっている。
僕は、部屋着にしている半袖Tシャツと7分丈ズボンを新城先生に渡すと、「下着はないです」と言った。

「分かってるわよ!」
「じゃ、僕はキッチンにいるから、ちとせさんはシャワー浴びるなり二度寝するなり、好きにしててください」
「シャワー浴びる」

全裸のちとせさんがベッドから降りてきたので、僕は慌ててキッチンへ行った。



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