3年前、僕は新城先生と寝た。

あれは僕の歓迎会だった。
僕は内科、新城先生は外科だから、同じ病院に勤めているとはいえ、接点はないのに、なぜか新城先生は居酒屋にいたんだっけ。

「いいじゃん。あんたのことは知ってるんだし」で始まって、途中「大勢でワイワイ騒ぎながら飲むのも楽しいじゃん。それに明日はお互い休みだからさー、思いきり飲もうよっ!ねっ?」と、「飲みたい」って本音をポロ出ししてたよな・・・。

あのときのことを思い出した僕は、フッと笑ってしまった。

新城先生って、酒豪じゃないけど、アルコールは強い方だ。
たくさん飲んでもいつもと変わらない。
はじけるくらい明るくて、思いきり笑って、姉御肌な態度丸出しで。
あのときはスカートの先から見えてた膝の形がすごくセクシーだなと思ったり、彼女が動くたびにチラチラ見える腿に、なぜかドキッとさせられっぱなしで・・・。

その先が見たいと思った。

女性に対して原始的な性欲を感じたのは、そのときが初めてだったかもしれない。
しかも相手は、僕が20代の頃から知ってる、2つ年上の女性で。
それまで「この人女捨ててんじゃないか?」としょっちゅう思ってた人・・・いや、今でもそう思ってる人で。

なぜあのとき、ちとせさんに対して、初めて「欲しい」という欲望を感じたんだろう。

とにかく、あの一件以来、僕は新城先生のことがますます苦手になった。
新城先生とはなるべく会わないように、関わらないようにしていた。
幸い、院内で会うことはほとんどなかったし、仕事でかかわることもなかった。
双子の兄である伊織が、足を骨折して特別個室に入院してたときも、イオの担当をしていた新城先生と鉢合わせしなかった・・・。

もしかしてちとせさんは、僕が無意識に避けてるのを感じていたのかもしれない。
いや、もしかしたらちとせさんは、僕を避けていたのかもしれない。

僕は思わずその場に立ち止まった。


「藍前(あいぜん)センセッ!」
「ぉわっ!」

突然背中をつつかれて、飛び上るほどビックリしてしまった。
僕は落ち着いたフリを装いながら、ずり下がったメガネを人さし指でチョイと上げた。

「すみません。驚かせるつもりはなかったんだけど。何度呼んでも聞こえてなかったみたいで、どんどん歩いて行っちゃってたからつい・・」
「ああごめん、宮本さん」

宮本さん。
僕の彼女・・いや、“元”彼女。

にしないといけない!

「あのー、藍前先生に話があるんですけど」
「僕も宮本さんに話したいことがあるんだ」

宮本さんの話は、仕事のことじゃないのは確かだ。
彼女・・宮本さんは、新城先生がいる外科担当の看護師だから。

「ここじゃ何だから・・」
「ああ、そうですね」

話を聞かれたくないという意見は一致していたらしく、お互い示し合わせたように人気のないところへと歩いて行った。


「けっ・・・・・・こん?」
「はいっ。実はそのー・・・私、前からつき合ってる彼がいて・・・」

やっぱり。
新城先生の言ったとおりだ。
ということは、本命の彼は極道の幹部で、その彼と結婚するのか!?

驚きを隠せない僕を見た宮本さんは、「ごめんなさいっ」と謝ってきた。

「藍前先生を騙すつもりはなかったの。それに私、あなたのことが好きだから、つき合ってほしいって・・・」
「あ、いや」

僕は、二股かけられてたことじゃなくて、極道幹部と結婚する、ということに驚いてるだけであって。
とは、目の前にいる本人には言えない!

「彼、結婚する気ないってずっと言ってて、それで私、彼のことは諦めないとと思って・・・。藍前先生とおつき合いすれば、彼のことを忘れることができると思ったんだけど、でもダメだった。彼に頼みまくって。そうしてやっと結婚する気になってくれて。私のこと、離したくないって」

泣きそうな顔でそう言う宮本さんは、本当に「彼」のことが好きなんだ。
相手が誰であれ、よかった。

「おめでとう」
「あ・・ありがと・・ございます。それで私、今月いっぱいでここ辞めることにしました」
「え。それって、僕がいるから?」
「違います!結婚を機に、彼の実家がある地方の田舎へ行くんです」
「ふーん・・・」

極道幹部は足を洗って堅気の世界に戻るつもりなのか?
それとも、本当に彼の実家は「地方の田舎」にあるのか?
あんまり知りすぎてもなぁ。
これ以上関わらない方がいいよな。

少なくとも、宮本さんは自分自身でその彼と結婚することを選んだみたいだし。
そこが重要だ。

「藍前先生。本当にごめんなさい」
「いいよ。彼とお幸せに」
「はい」


とは言ったものの、あー、何だかなー。
二股かけられてたことは悔しくない、と言えば嘘になる。
相手が宮本さんだからとか、そういうわけでもなくて。

・・・そうだよ。
やっぱり結婚って、お互い好きだからするんだよ。
その前にお互いのことをもっと知って、「この人とずっと一緒に暮らしたい」って思えるようになって。

子どもって、その先にあるものじゃないのか?

今朝、ひとりでお子さんを育てている女性患者を診たせいだろか。
「自分の子どもがほしい」「妊娠したい」から、そのアクションを起こすという新城先生の思考は、やっぱりぶっ飛んでるとしか思えない。

ちとせさん、ひとりで子どもを育てるって言ってるけど、それがどんなに大変なことなのか分かってるのか?

それより、なんで僕は、ちとせさんのことばかり考えてるんだろう。

思いが引き寄せたのだろうか。
新城先生が目の前に立っていた。

仁王立ちして。




白いTシャツに赤いジャージ、そして白衣を着ている新城先生は、どことなく怒ってるように見える。
ほとんどノーメイクで、ふんわりしている髪は後ろに一つに結んでいて。
あれは確かポニーテールって言うんだっけ。
新城先生のいつものお仕事スタイルだ。

それなのに、なんで僕は、むくれ顔のちとせさんが可愛いとか思ってるんだろう。

「こんにちは、新城先生」
「・・・藍前。こんのぉ!」
「いってーーーっ!!」

新城先生からいきなりパンチを食らった僕は、腹を押さえながらしゃがみこんだ。
・・・やっぱり可愛いと思ったの、なし!

「な、何するんですか!」
「私はね、騙されるのって好きじゃないのよ」
「・・・僕が何したんですか」
「さっき宮本と一緒にいたでしょ。仲良~くしゃべって・・・」
「見てたの?」
「は。あ、それは」
「ちとせさん、僕の後、つけてたんだ」
「へっ。いや違うって!た、たまたま、そーう!たまたまよ、たまたま!たまたま・・」
「何度も自分に言い聞かせなくていいです。それに声、裏返ってますよ」
「・・・ふんっ」と言ってプイと横を向いた新城先生に、僕はフーッとため息をつきながら立ち上がった。

なんかもうこの人・・・分かりやすいっていうか。
それでいて不器用っていうか。
でも、ちとせさんをよく知らない人は、何でもできる、とても器用な人だと思うんだよな。

僕はパンチされたおなかをさすりながら、「別れ話してました」と言った。

「え・・・あ、あぁそう」
「宮本さん、今月いっぱいでここ辞めるそうです」
「うん。今朝聞いた」
「それでも僕たちがつき合ってるって思ってたんだ」
「宮本が辞めてもつき合うことはできるじゃない」
「なんで僕と宮本さんをくっつけたがるんですか」
「そんなつもりはないわよ!ただ・・・」
「ただ?」

僕はちとせさんとの距離を縮めていた。
そうしたくて。

「私たちその・・あんなことになってさ、あんたがつき合おうって言ったのだって、結局成り行きっていうか。大体昨日のことだし!そんなこと私、考えてもなかったけど、あんたと宮本が人気のないところへコソコソ行くのを見て、彼女としては気になるっていうか・・」
「ちとせさん、僕とつき合ってるって自覚、あるじゃ・・・」
「ない。ただ宮本があんたを脅してるようだったら、蹴り入れてやろうと思っただけ」

もうこの人はホント・・・不器用だ。

僕は、つぶやくように「脅されてませんよ。僕も、宮本さんも」と言いながら、新城先生の髪に触れていた。

「あ、そ。ホントは空手チョップお見舞いしてやりたかったけど、あんた立ってるから頭上まで届きにくい分、威力が半減するし。目つぶししてやってもよかったけどメガネが邪魔だしって藍前、何してんのよ」
「ほつれてる髪を後ろにやってるだけです」
「ふ、ふーん・・・そろそろ止めなさい」

何気に照れてる、ちとせさん。
やっぱり可愛いと思った僕の顔は、思わず笑みがこぼれていた。

僕は素直にちとせさんの髪から手を放した。

「ちとせさん、手に持ってるの何?」
「あ・・これ。あんたにあげようと思って」
「僕に?」

新城先生から箱のようなものを手渡された。

「おにぎり作ってみた。お昼まだでしょ」
「あ・・・うん。いいんですか?これ、ちとせさんの分じゃないの?」
「違う」

ってことは、僕のために作ってくれたんだ・・・。
なぜか嬉しくなった僕は、ますますニコニコ笑顔で「ありがとう。いただきます」と言った。



















確かに嬉しかった。
新城先生が僕のためにおにぎりを作ってくれたことは。

しかし新城先生は本当に料理が下手だということを、僕はこれで知ってしまったのである。




はやる気持ちを抑えて、食堂の隅に座った僕は、新城先生からもらった弁当箱を、ウキウキしながら開けた。

「こ、これは・・・」

何だ!?
食べ物なのか!?

弁当箱の中には、「おにぎり」ではなく、ご飯と海苔とおぼしき物体が入っていた。
はたして新城先生は、ご飯をにぎったのかどうか、それは定かじゃない。
とにかく、白米はパサパサし過ぎているためだろう、仮ににぎっていたとしても、これじゃあすぐ型崩れしてしまう。
現に弁当箱の中に入っている物体は、おにぎりの形をしていなかった。

新城先生もそれが分かっていたのか。
なぜか割り箸が添えてあるし!
でもここまでパサパサしていたら、箸よりスプーンのほうが食べやすいと思う。
大体、白米をここまでパサつかせることができるなんて・・・。
タイ米じゃないよな、これ、日本の白米だよな。
炊飯器で炊いてこんな芸当できるのか?
それとも炊飯器持ってないのか?ちとせさん!

それでも、せっかくちとせさんが作ってくれたんだからと思って、一口食べてみた僕は、結局その後、食堂でサンドイッチを食べた。







一口でギブアップした「おにぎり」だけど、捨てるのはもったいない。
食べ物を粗末にするなと両親に教えられて育ったし。
それより、ちとせさんが作ったものだから捨てたくないという気持ちのほうが、強かったりする・・・。

単に、このままじゃあ食べれないってだけなんだよな。
だったらこのパサつきを逆に利用すればいいだけのことだ。


僕は、冷蔵庫からあれこれ食材を出しながら、ちとせさんに電話した。


「はい」
「今大丈夫ですか」
「いいよ。何」
「今夜、チャーハン食べにうちに来ませんか」
「・・・なんで」
「おにぎりのお礼に、晩ごはんごちそうします」
「え!いいのー?えーっと、あと30分程で終わるから・・」
「直で来てください」
「うんっ」

ちとせさんって、料理ヘタだという自覚・・・ないんだ。

僕は、切ったスマホに向かってフッと笑いながら、「ちとせさんらしいや」とつぶやいた。

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