うちのキレイキープ度数が上がったのは、藍前ちで過ごす時間が増えたせいか。
それでもお互いシフトが合わなくて会えないとき、私は自分ちに帰っている。
藍前とつき合い始めて2か月以上経つけど、まだ一度もヤツからもらった合鍵を使ったことがないのは、家事代行サービスの仕事を減らさないように、という配慮じゃあない。

藍前ちは快適だ。
いつ行っても掃除が行き届いてて、キレイに片づけられていて。
あいつが作ってくれる料理は、なんでもおいしくて。
一昨日食べた親子丼もおいしかったなぁ。
「冷蔵庫にあるもので、テキトーに作った」って言ってたけど・・・。
「テキトー」であんだけ作れりゃ上等上等!

それに藍前と一緒にいるのは楽しい。
セックスはもちろん!
一緒にごはん食べてても、ソファに座ってしゃべってるときも。
同じ部屋にいるけど、お互い読書にふけるとか、別々のことをしているときも。

藍前ち、というより、藍前(あいつ)と一緒にいることが、心地いい。

うちの鍵、藍前にあげたほうがいいのかな。
と思った私は、あいつに聞いてみた。

『なんで?』
『え。だってさー、私だけあんたんちの鍵持ってんの、フェアじゃないっていうか・・・』

なんとなく照れが入って、つい両手をよじりながら、藍前を上目で見てしまった。

ぐはーっ!
照れとかぶりっ子とか、私には似合わないし!

藍前は、3秒ほど上目づかいの私を見た。
それから切れ長の目をフッと細めて笑顔になると、「べつにいいよ」と言った。

『は』
『僕は今のままで特に不便を感じてないし』
『あ、そう』

『ちとせさんの好きにして』 

って言ったあいつは、私より年上っぽい口調と、いつもどおり落ち着き払った態度で余裕ぶちかまして。
頼れる男って感じ全開が癪・・・なんてちっとも思わなくて、むしろ私の心臓、ドキンと跳ね上がって。

私の鳩尾「キュン」させることができるのは、今のところ、あいつしかいない。




「・・・い。新城先生」
「あ?ああっとごめん!もう一回言って」

『いいよちとせさん・・・もう一回イって・・・』

ぬっ!ぬっはーう!!
自分で言ったセリフから、一昨日ヤツに言われたセリフを思い出すなんてーっ!
しかもあんときのヤツの声とか、手の感触とかまでリアルに・・・。

私は鳩尾に手を当てて、密かにドキドキを宥めた。

てかあのセリフ、今の状況と全然意味違うし!
今私が話してんのは、藍前(あいつ)じゃないし!

いかんいかん。
私は「集中集中」と、心の中で自分に言い聞かせた。


「新城先生、最近ふんわりしてますよね」
「は。なにそれ」
「うーん、先生って元々すごく女らしいんですけど、何ていうか、クールな姉御肌って感じが強いなと思ってて」
「ふーん」

それよく言われる、うん。

「でも私、ふんわりな先生も大好きですよ。仕事ができる、カッコいい女性ってことには変わりないんだけど、そこに可愛いも加わった感じで」
「あ、そう」

可愛い、ね。
藍前が言いそうなこと・・・いかんいかん。

「新城先生は私の憧れで、こんな女性になりたいって目標なんです」

目をキラキラ輝かせて熱弁をふるう新人後輩医者のほうが、よほど可愛いと私は思いつつ、一方でその子の勢いに多少押されつつ、私は「ありがと」と言った。
でもハハハと作り笑いを浮かべた私の顔は、引きつってたと思う。

頭いたい・・・。





年を重ねるごとに、勤続年数や医者としてのキャリアが増していく。
新人の頃の初々しさがなくなっていく代わりに、自分が新人に教える立場になる。
責任と威厳と後輩が増えていく。

周囲から「仕事ができるカッコいい女」と思われることは、そりゃ嬉しい。
仕事もできないブス女にはなりたくないから、自分なりに一生懸命努力を積み重ねているつもりだ。

おかげでさっきの子みたいに、私を目標にしていると言われることがよくある。
それはありがたいんだけど・・・。

私は細いため息を吐きながら、片手でこめかみをクリクリ揉んだ。

私が医者になった動機は、ひとりでも多くの命を救いたいとか、そんな崇高なもんじゃない。
藍前は・・・あいつはなんで医者になったんだっけ。

もっと知りたい、あいつのこと。
あいつの声が聞きたい。むしょうに。

ううん、あいつに触れてほしい。
抱きしめてほしい。
そして「もう大丈夫だよ」って言ってほしい。

藍前に。

私は片手で両瞼を揉んだ後、肩をトントン叩いた。
首を回し、両腕を回して確認する。

よし、大丈夫。
と思えた頃、私は歩き出した。











鍵・・・。

震える手を宥めながら、どうにか穴に差し込んだ。
ガチャッと回った・・けど開かない。
内ロックされてる。

ピンポーンとドアチャイムを鳴らすと、すぐドアが開いた。

「ちとせさん。どうした・・・」と藍前が言う声が聞こえたけど、ヤツの顔をまともに見れない。

灯りが眩しすぎる。

私の様子がいつもと違うことに、藍前はすぐ気づいたみたいだ。
さすがは内科医。
じゃなくても分かるか。
いつもみたいに「ぶっ飛んで」ないし・・・。


藍前は私をすぐ中に入れると、私を抱きかかえた。
そしてベッドにそっと寝かせると、靴を脱がせてくれた。

「車、運転して来たのか」
「ほかに誰がいるのよ・・」と私がどうにか答えると、鼻を鳴らしたようなフンという音みたいな声が、藍前のほうから聞こえた。

藍前の大きな手が、私の額に当てられた。
と思ったら、額とこめかみにキスしてくれた。

私は藍前に背を向け、無意識に体を丸めた。
「布団」とつぶやくと、藍前の手がTシャツの中に入ってきた。

「え。ちょっと・・・」
「ブラジャー外したほうがいい。じっとしてて」と藍前は言うと、いつもどおり、器用にブラを外してくれた。

そのついで、みたいな感じで、私が着ていたTシャツもサッサと脱がせる。
もしかして今からセックスするの?
でも藍前は、私の様子が病的に変だと気づいてるはず。
そんな状況でも強引にするとは思いたくない・・・。

ベッドがきしむ音で、藍前が横を向いてる私の後ろに座ったのが分かった。

「ね、藍前。私・・・」
「うつ伏せになって力抜いて。マッサージするから」
「う・・・」

き、気持ちいい・・・けど頭痛と吐き気はまだ収まらない。

「寒くない?布団かけたほうがいい?」
「い・・い、だいじょぶ・・・」

藍前は、私の背中から両腕にかけて、優しく、そして少々力を入れて揉んでくれている。
肩甲骨や二の腕、首の付け根あたり、そして両方の手のひらは、特に念入りにしてくれた。

その間私は何度「気持ちいい」のうめき声を上げただろう。
それだけ藍前はマッサージがうまくて、私の痛みのツボを知ってるみたいだった。

「頭も少しマッサージしといたほうがいいと思うんだけど。ちとせさん、起きれる?」
「うん・・・ごめんね」
「いいよ。じゃあはい、僕に寄りかかって」

藍前はベッドヘッドに寄りかかる形で座り、その前に私が座った。
言われるまでもなく、力が入らない私は、藍前に寄りかかっていた。

藍前は大きな両手で私の側頭部を揉みほぐしていく。

「あんた・・・マッサージうまいね」
「なんとなくね。それよりちとせさん、よく片頭痛になるの?」
「たまに。数か月に一度くらい、ここまで酷いのが来るかな・・・ぅ」
「部屋の電気消してるけど、まだ眩しい?」
「ううん・・・ねえ藍前」
「はい?」
「なんであんたは・・・医者になったの」

藍前の手が私の眉間の上あたりを優しくなでる。
あぁ、めちゃくちゃ気持ちいい・・・。


「僕、小さい頃体弱くて、よく病院に行ってたって、前言ったよね」
「うん」
「そのとき診てくれた先生がとても優しかったんだ。いつも“伊吹くんはすぐ健康な体になる”って言ってくれて。僕が健康な体になったのは、先生の暗示が効いたのかもしれない」

藍前はクスッと笑うと、私の二の腕あたりを揉んでくれた。
あぁ、これもまた・・・気持ちいい!

「それで僕、健康になったらその先生みたいな医者になりたいって思ったのがきっかけです」
「そう・・・」
「ちなみに、その先生は、ちとせさんのお祖父さんです」
「え!」

まあ・・ありえないことじゃあないけど・・・驚いた。

ビクンと跳ねた私の体を宥めるように、藍前が私のウエストに両手を添えた。
そして肩にそっとキスすると「驚いた?」と囁いた。

「あ・・うん」

病院の名誉会長をしていた祖父は、5年前、90歳で亡くなった。
祖父を慕う医者は多く、祖父のような医者になりたいと思う人もいまだに多い。

「私さ、新城家(うち)が医者や病院経営の家系だから医者になったのよね。この仕事は嫌いじゃないし、自分には向いてると思う。患者さんの命を預かってる以上、決して生半可な気持ちで臨んでるつもりはない。でも・・・私に憧れてるとか、目標にしてるとか言われると・・・私、そんな立派な女じゃないし、崇高な女でもない・・・」
「憧れとか目標は、その人が勝手に決めてることだろ?だからちとせさんがそこまで気負う必要はない。その人たちの人生まで責任持つ必要もないんだよ」
「そ、そんなこと、思ってな・・」
「ちとせさんは世話好きな一面があるから、自分で気づいてないうちに、つい気にかけてるんじゃないかな」

そうなの?
私・・・そうなのかな・・・。

藍前の両手は、なぜか私の両胸を揉んでいた。


「誰かを気にかけることは悪いことじゃない。でも気にかけ過ぎちゃいけない。他人の人生に誰も責任持てないんだよ。自分で自分の人生の責任持たないと、自分の人生生きてるって言えない。自分に余計なプレッシャーを押しつける必要はない・・・」
「あ・・あいぜん・・・」
「少し足広げて」

え?今からするの!?
そりゃさっきよりだいぶ具合は良くなったけど・・・。

「ちとせさん、医者辞めたいの?それで子どもがほしいのか?」
「わ・・わかんな、い・・・」

でもたぶん・・・妊娠して子どもを育てることで逃げに入ってるって要素はあると思う。
と、藍前に言われて自覚した。

「他にしたいことがあるのか?」
「そ・・んな・・・んんっ」
「今は話す余裕、ちとせさんにはないよね。とりあえず、抑えてる気持ちを発散しようか」
「な・・・」

「僕には見せていい。ちとせさんの・・・全てを」


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