死が二人を分かつとも
四章

(一)

現実の目覚ましは、私に頬ずりをする小さな動物だった。

「よ、良かった!目が覚めたんですね、そよ香さん!」

「ち、ろ……」

起き上がる気力もなく、目だけでチロを確認する。

見ていれば、視界がぼやけた。

「泣いてるんですか、そよ香さん?あ、こ、怖いものなんかありませんよ!ここには、手前しかいません!」

あたふたする小さいものを抱き寄せる。

「チロぉ……。わたし、わた、しぃ」

泣きじゃくる私を、チロは翼を使い慰めてくれた。

こんなことをしてもらう資格はない。
私が、事の原因なのに。

「私が、地獄に来た意味が……分かったよ」

人を傷付けてしまった。
精神だけでなく、体も。

「ここにいるのは、当然なんだよ……。私、真奈を……」

突き飛ばした真奈は、窓ガラスにぶつかり、そのまま倒れた。破片が腕に刺さって血を流していた。

『いい気味、だろ?』

「そんなはず、ないのに」

やってしまったということは、『そうだった』んだろう。

最低だと泣く私。地獄でより酷い罰を受けなきゃいけないのに。

「よく分かりませんが、誰かを思って泣けるそよ香さんは、良い人です!手前が、保証します!」

胸を張るチロには、呆気に取られてしまう。

「そよ香さんは優しいんです!やっさんも言ってましたよ、あいつは馬鹿がつくほどのお人好しだから、俺が守らなきゃって!そんな人が、悪いことなんか出来ません!何かあったとしても間違い!手前の見ているそよ香さんは、優しい良い人なんですよ!」

買い被り過ぎだとの否定も、そうだと信じて疑わないチロに言うには気が引けてしまう。

ありがとうと、撫でる。
ふと、チロのうしろに長い草が生えていたのに気がついた。

灰色の世界で初めて見た色は、緑。

新緑の長い葉が、乾いた風で揺れている。

「葦(ヨシ)……?」

「アシらしいっすよ!他の死人さんが言ってました!」

生えていたのは葦だった。水辺もない場所で群生しているから違う植物かもしれないけど、よく似ている。

葦。アシでもヨシでも、読みが違うだけで同じものだ。

チロがアシアシと言って、葉っぱを千切るから、葦(アシ)が定着してしまう。

「“最果て”近くは、命が生き吹いているもんですから、植物が育つんです」

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