砂の国のオアシス

「あの・・・」
「驚きましたか。というより、ショックを受けますよね」
「正直・・・はぃ」
「私はシナ国にいた頃から、元いた世界へ帰る方法を探しているんですが・・・いまだに見つかりません」
「コウさんは他に・・・私たちみたいにここへ来た人に出会ったこと、ありますか」
「あります。約30年の間に3人。ナギサさんで4人目です。しかし、イシュタールで、しかも日本人に出会ったのは、ナギサさんが初めてです」
「そうですか・・・。その3人って、どこから来た人か、差支えなかったら教えてもらえますか?」
「タイの男性、ニュージーランドの白人女性、そしてイギリスの白人男性。この3人とは、シナにいた頃、時期は違いましたが大学と町で偶然出会いました。残念ながら、私はこの3人と連絡を取り合っていないし、連絡先も分かりません。しかし、“漂流者の会”というのが存在すると聞いたことがあります」
「漂流者の会?」
「私たちのように、違う世界からこの世界へ“漂流”してきた人のことを“漂流者”と名付けた人がいるようです」
「てことは、私が思っている以上に、漂流者はいっぱいいるってこと・・・?」
「かもしれませんね。私はその会に参加したことは一度もありませんので、どのくらいの人がその会に属しているのかも知らないし、どれ程の規模なのかも知りませんが」
「それはシナにあるんですか?」
「はい。シナは広大な国土を誇る国ですからね。もしかしたら、他の国にも、イシュタール(ここ)にもあるかもしれませんよ」
「あの・・・なんでコウさんは、その会に行ったことないんですか?あ。もしかして、会費が必要とか・・・」と私が言うと、コウさんはクスクス笑った。

「いえいえ。会費は無料だと聞きましたよ。ただ私は、その人たちと傷の舐め合いをしたくなかった。それだけです」
「と言うと・・・」
「その人がどういう経緯で漂流したきたのかを知ることは構わない。でもいきなり知らない世界へ来ることになってしまった自分は被害者だ、だからかわいそうだと自分を嘆いてばかりの愚痴は聞きたくないということです」
「でも、その人たちから元の世界へ帰れる情報をもらえるかもしれないのに」
「あったとしたら、その会に来ていないと思いますよ」
「あぁ・・・なるほど」
「過去会った3人の漂流者は、私たち同様、気づいたらこの世界へ来ていたと言っていました。そのうちのイギリス人男性から、香港が中国へ返還されたと聞いたんですよねぇ」と言うコウさんは、どこか遠い目をしている。

そこにこの世界の滞在歴3ヶ月と30年の差を感じるなぁ・・・。

「私だって元の世界へ帰れるのなら帰りたい。あっちの世界には妻と息子がいる。二人に再会したい一心で、その方法を30年近く探し続けているが・・・いまだに見つかりません」と言ったコウさんの顔は、とても寂しく見えた。

それから数日の間、コウさんと会うことはなかった。





「・・・ん・・・」

なんか背中が寒い・・・。
と思ったら、温かいような・・・重たい?!

「な・・・カイル?」
「何故おまえは俺のベッドではなく、ここで寝ている」
「え。だって・・・ひとりであのだだっ広いベッドに寝るの、落ち着かないもん・・・」
「それで俺がいない間、俺の枕だけを毎晩失敬したというわけか」
「うん、まあ・・・」

ていうか、生理中って枕を抱きながら寝ると、何となく落ち着くのよね。
なんて言っても、微妙な女性心理がカイルに通じるとは思えない。
案の定カイルは、枕を「貸せ」と言ってきた。

「やだぁ」
「俺がおまえを抱いてやる」
「・・・それ、枕になるってこと?」
「どうでも良い」
「ていうか、カイルはこっちの小さなベッドで寝てもいいの?」
「おまえが好きな方で構わん」

と言ったくせに、私をヒョイと抱きかかえると、サッサと自室のベッドへ運んだ。
もちろんカイルが使っている枕も一緒に。

カイルは私をそっとベッドに寝かせ下ろした。
すかさず私たちは向かい合わせになる。
一緒に寝る時のいつものパターンだ。

カイルにそっと髪を撫でられる。
かすかに漂うオレンジの香り。
そして優しい感触。
つい気持ち良くて私は両目を閉じた。

「・・・帰り、明日だと思ってた」
「今日だ。もう日付は変わっている」
「あ・・・そう」

相変わらず俺様国王は屁理屈全開っていうか・・・。
せっかくぐっすり寝てたんだけどなぁ。
でも・・・嬉しい。

私はそっとカイルに近づくと、「おかえりなさい」と言った。

最初は鼻の頭同士をチョンチョン当てる。
そのまま自然にお互いの唇にキスをした。

そしてカイルは私に腕枕をしてくれた。
私は彼の逞しい上半身に腕を巻きつける。
さっきカイルの枕を抱きしめていたように。

「ジグラスさんとエミリアさんは元気だった?」

今回のカイルの外国訪問は、新生カーディフ再建についての話し合いをするために、その周辺諸国の統治者が集まっていたらしい。

「ああ。ジグラスはいつも通りウザい程にな。エミリアには2週間前に会ったばかりだが、また腹が大きくなっていた」
「そう」と言いながら、私はクスクス笑った。

「おまえによろしくと言っていたぞ」
「うん。ありがと」
「前アルージャ、つまり新生カーディフの全国土は、イシュタールの約5倍の広さだ」
「わぁ。広いねぇ」
「そうだな。イシュタールも元は前アルージャの一部だった」
「そうなの?」
「ああ。それを俺の先祖が独立し、今のイシュタール王国を建国した」
「へえ。それが約1200年前ってことだよね」
「良く知っているな。あの頃は然程血生臭い争いをする必要もなく、独立できたらしいが」
「ふーん」
「とにかく、その広い国土を5分割し、それぞれのシークがその地を統治する。その取りまとめと元カーディフ自治区をジグラスが統治する。それが分権統治だ」
「なるほど」
「国土が広いと一人で全てを統治するのは至難の業だ。故に広大な国土を誇る国は、分権統治をしているところが多い。シナ国も然り」
「あ、そうなんだ」
「シナ国はこの世界で3番目に広大な国だ」
「え!」

それはビックリ。
そこまで広い国だったなんて・・・驚いたー。
そんなことすら知らないまま、私はシナ国へ逃亡しようとしてたんだっけ。
と、つい大昔のことのような感じで思い出した。

「シナと言えば、おまえが知り合ったというシナ国の教授は元気か」
「え?元気じゃない?ここ数日は会ってないし」

ってカイル、知ってるくせに!

南の別荘から帰ってきてすぐ、私のフォンにカイルの連絡先が登録された。
そしてカイルがいない日は、毎晩フォンで話していた。
私が言わなくても、テオかヒルダさんかジェイドさんが、コウさんのことをカイルに言うだろうから、初めてコウさんに会った日の夜、カイルにはフォンで「報告」したんだけどなぁ・・・。

でもその時点で、すでにカイルは知ってたっぽかった。
てことは・・・テオが言ったんだよね、きっと、うん。
まぁ別にそれはいいんだけど。

「そうか。おまえはシナ語の勉強をするために、大学へ行くのか?」
「うーん、どうだろ。実はまだ学部も決められないんだよね。そんな状態で編入試験受けてもいいのかな」
「何故おまえは大学へ行きたい」
「それは・・・もっとイシュタールのことを知りたい。この世界のことや、他の国のことも。私が今いる世界のことを知りたい。王宮にいるだけじゃ、視野が広がらないかなと思って。それに大学へ行けば、知り合いとか友だちもできるだろうし」
「成程。この世界に馴染もうと思う。それも立派な動機だ。イシュタール大学へ入ることは比較的簡単だ。ただ卒業するのは難しいぞ」
「そうなの?」
「これはどの大学に入っても言えることだが、卒業後の将来どの職に就くか、それは大学で学ぶ途中で変わるかもしれん。それでも良い。しかし何のためにという動機が自分自身で分かっていなければ、自分が何故それを学んでいるか分からなくなる。そうなると卒業するのも危うい。だから少なくとも、そこだけは常に自分の中でクリアにしておけば構わんと俺は思うがな」
「うん・・・そうだね」

カイルが言ってることはよく分かる。

「案ずるな。バンリオナになるのに学歴は関係ない」
「だっ・・・ぁ、そぅ・・・」

この私がバンリオナとか・・・王妃ってことで・・・。
やっぱりありえないでしょ!

と思ってるんだけど、今そんなことを夜更けにカイルと言い合いしたくない。

「そう難しく考えるな。おまえが学びたいと思うことを学びに大学へ行けば良い」
「うん・・・」

少し眠くなってきた。
ピタッとくっついてるせいか、カイルにもそれが分かったみたいだ。
「眠れ」と言ってくれた。

「うん・・・」
「俺から離れるな」
「は・・ぃ・・・ぉやすみ・・・」

カイルがこめかみにキスしてくれた。
そして「Sleep well、Nagisa」というカイルの優しい声がかすかに聞こえた。

結局私は、コウさんが日本人で、私と同じ「漂流者」だということを、カイルに言わなかった。

ううん、違う。言えなかった。


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