砂の国のオアシス

うららかな日差しが降り注ぐある日の午後。
私はジェイドさんと一緒に、王宮の庭にある、私たち専用のテーブル席でくつろぎながら、おしゃべりをしていた。

「私たち専用」というのは、ジェイドさんの提案で、急きょその場にテーブルと椅子を持ってきてもらったから。

急ごしらえにも関わらず、テーブルと椅子は白いアイアン製で、テーブルにはベージュのテーブルクロスまで敷かれている。
椅子のクッションもフカフカで、座り心地は快適だ。
でもその品物たちは、なぜか新品同様に見える気がするんですけど・・・。

しかも私たちの頭上には、テーブルクロスとおそろいの、ベージュの日よけパラソルもあるし(これも新品に見える)、テーブルの上には、おいしそうな何種類かの焼き菓子が、上品に置いてある。

ジェイドさんは、ぽってりした白いティーポットを持つと、優雅な仕草で私と自分の白い磁器カップに紅茶を注いでくれた。

「ありがとう」
「どういたしまして」と言うジェイドさんは、本当に美人さんだ。

「決まったんですか?」
「はっきりした日付はまだだけど、10月終わりっていうのはほぼ確実」
「わぁ!おめでとうございます!!」と私は笑顔満面でジェイドさんに言った。

「ありがとう。でもねぇ、10月終わりだと、エミリアがいつ出産してもおかしくない時期だから、エミリアとジグラスは出席できないと思う。だからいっそのこと、年明けすぐのほうがいいんじゃないかって言ったらさー、あいつ“ダメだ!僕は今日にでも式挙げたいのにこれ以上待てるか!”だってー」

ジェイドさんの言い方がテオそっくりで、私はついクスクス笑ってしまった。

「でもま、ちょうどその頃に新しい法案が施行されるめどがついたから、タイミング的にはやっぱり10月終わりが最適なのかもしれない」
「と言うと?」

新しい法案とジェイドさんたちが結婚することは、何か関係あるのかな。

「日本はどうか知らないけど、イシュタール(ここ)は結婚しても、お互いの姓は変わらないの。それを結婚するときは双方の姓を変える権利を与えるって法律をね、カイルが提案したってわけ」
「へぇ。結婚しても名字変わらないんだ」
「ここだけじゃなくて、北と西の近隣諸国も大方同じよ」
「じゃあ子どもが生まれたら?」
「子どもは父親の姓を名乗ると決まってるの。でも最初から母親一人で育てる場合とか、父親が誰か知らないとか、そういう場合は、母親の姓を名乗ることも可」
「なるほどー」
「とにかく、この法律が施行されることで、家柄にこだわったり、家名を残すために意に沿わない結婚をすることが減るだろうという思惑があるわけよ」
「逆に家柄にこだわってる人たちから反対はなかったの?」
「あったわよ。これはスカイラー様がずーっと通したかった案だけど、その都度家柄にこだわる高名な貴族院のメンバーから却下され続けてたの。でもスカイラー様が“身分や家柄にこだわるな”と言い続けてくれたおかげで、カイルの時代になってようやく壁に風穴が開いたわ」
「そっか」

一見、チャラチャラした頼りなさげなスカイラー様の姿が、私の脳裏にパッと浮かんだ。
スカイラー様ってあんな感じだったけど、それって実は仮面だったのかもしれない。

私は白いカップを持つと、紅茶を一口飲んだ。
ダージリンかな。とてもおいしい。

「だからね、ちょうどその法律が施行される時に私たちが結婚することで、姓を変えて宣伝効果を高めるって狙いもあるの」
「なるほどねぇ」
「でも王家本元のテオが、私の姓を名乗るっていうのは、ちょっと・・・ね」
「返って逆効果になり兼ねない」
「そういうこと。私の両親は、バルーガ・マロークは却下だけど、マローク・バルーガでも、ただのマロークでも、どっちでもいいって言ってくれてるし」
「え?両方の名字を名乗ってもいいんだ」
「うん。選択肢は4つ。自分の姓だけ、相手の姓だけ、自分の姓の後相手の姓をつけるか、その逆か。それを双方が選んでいいの。だから結婚してもお互い自分の姓だけ名乗ることを選んでもいいわけよ」
「それは今までのパターンと同じ、別姓のままってことだよね」
「そ。ずっと好きだったテオドールと、まさかこの私が結婚するだけじゃなくて、マロークの姓を名乗る日が来るなんて想像もしてなかったけど・・・確実に時代は変わってるのよね」と、ジェイドさんはしみじみとした口調で言った。

そうだよね。
ジェイドさんはテオと身分差があることを気にして、それでお互い遠回りして、やっと結ばれるんだもん。
これを機に、イシュタールに密かに残っている身分差の壁に風穴が開くだけじゃなくて、跡形もなく壊れてほしい。

とは思ったけど、「あなたも式に出席してよ」とジェイドさんに言われて、躊躇してしまった。
だって私の場合、身分差はともかくとして、異世界から来たよそ者エイリアンって立場だから。

「いや、でもそれなりの人たちが集まる場所に、私なんかが行っても・・・」
「正直言うと、テオがいるから、身分の高い人たちや国外の来賓も招待しないといけないんだけど、あなたはテオと私の友だちよ。そして私たちは親しい友だちや家族も招待するつもり。だからあなたにも是非出席してほしいの」
「うぅ・・・」
「それに、カイルは絶対あなたを連れて行くはずよ」
「げっ!どうしよぅ」

俺様国王ならやるでしょ・・・。

焦る私に美人なジェイドさんはニッコリ微笑むと、「式に出席すればいいのよ。それで解決」と言った。

そう簡単にジェイドさんは言うけど・・・。
まぁそのことは、式が近づいてからカイルと話し合うことにしよう。
それより今は、大学の編入試験を受けることが先だ。
と思いながら、私はお皿に乗ってる焼き菓子をひとつ取った。

わ。まだ少し温かい。
一口食べて私は「おいしい!」と感激の声を上げた。

「それはマドレーヌと言うのよ」
「あっちの世界のと同じだ」
「そう。そしてこれはバニラキッフェル。私、これが大好きなの」とジェイドさんは言うと、小さな丸いクッキーを一つ取って、パクッと口に入れた。

バニラキッフェルは、一口で全部口に入る大きさだ。
というのも、生地がサクサク、というより脆くて、噛むとすぐホロホロに崩れてしまうから、一口で全部食べれる大きさに作るのがお約束らしい。
なるほど、「バニラ」という名がついてるだけあって、バニラ風味が程良く効いてて、これもおいしい。

「ナギサ。大学の試験は来週でしょ?」
「そうなのー。英文科の過去の試験問題を解いてみたけど、他の学科よりもこれが一番できるって感じで」
「試験の問題は、講義についていけるかどうかの学力を見るのが狙いなのよ。要は内容を理解してれば大丈夫」
「う・・・ん」

大丈夫だろうか、私・・・。


「ちょうどその頃、カイルと私はビエナ国へ行ってるからねぇ」
「イングリットさんは同行しないの?」
「ううん。今回はね、ビエナにいるボニータに会うことも目的の一つなの」
「そうなんだ」

ジェイドさんは、結婚後もカイルの秘書を続けるけど、仕事量は減らすことになった。
そして国外訪問も控えることになり、今はイングリットさんに仕事を引き継いでいる。
イングリットさんは、ヒルダさんと小学校の同級生だったそうで、元々カイルの秘書的な仕事をしていたそうだ。
ジェイドさんが仕事量を減らすことで、今度はイングリットさんが、メインの秘書的な立場になるらしい。

「実はさ、ボニータにボーイフレンドができたから、どんな奴か見て来いって、スカイラー様から密かに命を受けてしまって」
「ホント!?」
「ホント。でもスカイラー様だって、すでに相手の身元を調べ上げて、どんな男なのかもう知ってるはずなのにねぇ。あ、これ一応機密事項だから」
「はい」と言いながら、私はクスクス笑っていた。

娘たちラブなスカイラー様のオタオタした姿が目に浮かぶ。

「とにかく。ビエナ国はダイヤの名産地なの。それで宝石の製造が盛んで、世界的に有名な宝石商があそこに集結してるの」
「わぁ、そうなんだ」
「ボニータは子どもの頃から天然石が大好きでね、それで将来宝石デザイナーになりたくて、ビエナへ渡ったの。大学卒業後は宝石デザインと製造の勉強をするんですって」
「あぁそう」
「で、今回、ボニータが私の結婚式用にティアラを作ってくれることになって、そのデザインを決めたり採寸もあるから会いに行くの」
「ステキ!」
「どうやらボニータのボーイフレンドは有名宝石商の御曹司らしいから、彼に言ってダイヤをふんだんに使うとボニータが言ってたわ」

私たちは顔を見合わせてクスクス笑った。

ダイヤをふんだんにあしらったティアラか。
まぶしいくらいにキラキラ輝いてるだろうなぁ。
ていうか、ものすごい贅沢品だよね!
どれくらいダイヤを使うのか知らないけど、一体総額いくらくらいになるんだろう。

なんて考えてしまう私は、やっぱり庶民だ・・・。


「久しぶりにジェイドさんとおしゃべりできて楽しかったー」
「私もー」とジェイドさんはニコニコしながらで言うと、美人顔をキリッと引き締めて、私をじっと見た。

まるで心の奥まで覗き込むように。
そしてジェイドさんの両手は、私の両肩に置かれている。

「思ったより元気そうで安心した」
「あ・・・」
「悩みがあるなら私に言ってもいいのよ。カイルには言わないから」
「・・・ありがとう。私は大丈夫」
「そう?女同士だから言えることもあるし、あなたは私の友だちで、妹みたいなものだから。遠慮しないでね」
「うん」
「じゃ、試験がんばってね!」とジェイドさんに言われ、私たちは別れた。



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