砂の国のオアシス

翌日。
まだ微熱はあったものの、体は動くので、ヒルダさんへ大学に連れて行ってもらった。
解熱剤には眠くなる成分が入っているとかで、まだ飲むわけにはいかない。
試験中にグーグー寝てしまったら、ここまできた意味もないし。
それこそにシャレにならないじゃないの。

試験会場の広い教室は、私の他に5人ほどいた。
カンニング防止のために、それぞれ離れた場所に座らされる。
この人たちとはイシュタール大学のキャンパスで再会できますようにと思いながら、試験は始まった。



試験は3時間ほどで終わった。
カイルやジェイドさんが言ったとおり、試験問題は比較的簡単だった。
過去の試験問題を解いてきた甲斐があったとも思う。
テオやヒルダさんやコウさんの教え方も上手だったし。

合格か不合格かはまだ分からないけど、ひとまずホッとする。
できることはやったと思うし。
でも・・・花壇のレンガで打った右腰と、美人さんに掴まれた左手首周辺は、まだズキズキ痛む。

帰りたい。
でもその前に、大事な用を済ませないと。
と思っていたら、コウさんが教室へ来てくれた。

「試験はどうでしたか?」
「コウさんが教えてくれたところがバッチリ出たし。とにかくできたって手ごたえはあります」
「それはよかった」
「あの・・・」と私は言いながら、あたりをキョロキョロ見渡した。

誰もいないことを確認した私は、コウさんと教室の隅へ自然に移動した。

「どうしましたか、ナギサさん」とコウさんは日本語で囁く。
「これを」と私は言いながら、コウさんにスマホを渡した。

「これは・・フォンですか?」
「スマートフォンと言います。私はスマホって言ってるけど」
「まさかこれは、あっちの世界の・・・」
「はい」
「そうですかー。前に携帯電話を見せてもらったときも驚いたが。フォンより少し大きくて厚いですねぇ」とコウさんは言いながら、スマホをひっくり返したりしてまじまじと見ている。

「これがあっちへ帰る手助けをしてくれるかもしれません」
「な・・・んですと・・・!」
「今夜これを持ってデューブ・フォラオイゼ(黒い森)へ行ってください。前私が言った場所、覚えてますか?」
「はい」
「そのあたりを中心に、ピピッという音が鳴る方向へ行けば、帰れるかもしれない」

コウさんは驚きの眼差しで、私を見ていた。

「でもこれは、あくまでも可能性で、確かなことじゃないんです。だからあまり期待しないでほしいんですけど」
「ナギサさんも一緒に行きましょう」
「私はいいんです。私は・・・私はここにいます」

私は決然とした顔でコウさんを見ると、コウさんは「そうか」と言って2・3度うなずいた。

「あ!あと、これも持って行ってください」と私は言うと、バッグから財布を取り出して、日本円を全額コウさんにあげた。

「先立つものがこれだけしかないのは申し訳ないんですけど、多少の足しにはなるかと・・」
「ありがとう・・・ありがとう、ナギサさん」と言うコウさんの目からは涙が出ていた。

「あっちへ戻れなかったときは、スマホとお金は必ず返します」
「そうならないことを願ってます。あの・・・一つだけお願いしてもいいですか?」
「何なりと」
「もし・・・もしコウさん・・・荒木さんがあっちの世界へ戻れたら、スマホに登録されてる誰か・・・私の友だちでも家族でもいい。一人でいいからその人と連絡を取って、私は元気だと伝えてください。おねがいします・・・」

私はそう言うと、荒木さんに頭を下げていた。
期待と不安、いろいろな気持ちが合わさって、涙が出てくる。
荒木さんは私に頭を上げさせると、泣きながらニコッと笑った。

「お安い御用です。必ず伝えますよ」
「ありがとう・・・」
「こちらこそありがとう、ナギサさん。あなたは私に希望を与えてくれた」

私たちは涙を流しながら、ニッコリ微笑んだ。
漂流者で日本人という共通点があるせいか、荒木さんとは同志のような絆で結ばれている気がする。
だから笑顔で別れの挨拶を済ませたい。
どうやら荒木さんも私と同じと思いを抱いているようだ。

「ではナギサさん。お元気で」
「荒木さんが奥さんと息子さんに会えますように」




先に荒木さんを見送った後、教室から出た私を、テオが待っていてくれた。

壁に寄りかかって腕を組んでたテオは、私を見つけるとニコッと微笑んで近づいた。
そして私の肩に手を回すと、促すように歩き出した。

「試験どうだった?」
「できたと思う。合格してるといいな」
「ナギサならダイジョウブ」
「テオ」
「ん?」
「スマホ・・・コウさんにあげちゃった。ごめん・・・ね」

さっき泣き止んだばかりなのに、また涙が出てきた。
テオは私の泣き顔を見せないよう、さりげなく隠しながら歩いてくれる。

「なんで僕に謝るんだ?」
「だっ、て、あなたは、あっちの世界へ、行きたがってた・・・」
「あぁ。今はジェイドがいるところにいればいいと思ってるから、あっちの世界にはそんなに興味ないんだ。それにあのスマホは君のものだろ?君が誰にあげようと、僕の許可を得る必要はない」
「ん・・・ありがと・・・」

と言う私の頭に、テオは大きな手を乗せて私を引き寄せると抱きしめた。

「それよりいいのか?ナギサ。あれがなければ帰れないかもしれないんだぞ」
「いいの」
「それが君の望むことなら、僕は嬉しいよ」とテオは言うと、泣いてる私の背中と頭を優しく撫でてくれた。

試験が終わったこと。
荒木さんにスマホを渡せたこと。
そして荒木さんに願いを託せたこと。
色々な気持ちの中でも、安堵感がドッと出たのか。

私はテオの車に乗ってからすぐに目をつぶって・・・眠ってしまった。




『帰ろうなぎさちゃん。ほら、私の手をつかんで』
「や・・・」
『凪砂、ここはあなたがいるべき世界じゃないの。私たちと一緒に行きましょう。ね?』
「ん・・・ちが・・・」

お母さんが私の手を強引に掴んだ。

『急ごう。時間がない』
「な・・・」

私の片手は友だちのあっちゃんに、もう片方の手はお母さんに掴まれている。
しかも立ってるという感覚がなくなったと思って下を見たら、地面に穴が開いて真っ黒になっていた。

『なぎさちゃん・・・』
『凪砂・・・』

両サイドから手を引っ張られているのに、全然痛くない・・・え?みんながいない。
手・・・引っ張られてない。

良かった。
でも周囲が真っ黒なこの場にひとりぼっちって・・・なんで?

ここ・・・どこ?
カイル・・・カイルはどこ?
あれ?私・・・!
私の足元がない!
しかも私は足からどんどん消えていってる!

「・・て。カイ・・・ル!カイル!」
「ナギサ!」
「ぃやぁ!!」
「ナギサ」
「カイルだ・・・」
「やっと目が覚めたようだな」と言うカイルは、私の手を握ってくれていた。

「あ・・・・・・さっきの、夢、だよね。もちろん・・・」

ハハッと笑う私のしょぼい声がむなしく宙に響く。
カイルは私の手を握ったまま、もう片方の手で布団を剥いだ。
そして私を抱きかかえて、隣にあるカイルの部屋へ連れて行ってくれた。


「まだベッドに寝るな。そこに座って待っていろ」とカイルは言うと、私の部屋へ歩いて行った。

熱があるのかな。まだフラフラする。
だから私はカイルの言う通り、ベッドのふちに座らされたまま、大人しくしていた。

私の部屋から戻ってきたカイルは、タオルを数枚と、お水が入ったボウルを持っていた。
それをサイドテーブルに置くと、「汗をかいている」と言って、私のネグリジェとパンツをサッと脱がせる。
逆らう力がない私は、屈んでいるカイルの両肩に両手を置いて、カイルに従った。

私の全身をタオルで拭き終えたカイルは、自分が着ていたシャツを脱いで、それを私の首に通した。
両腕は自分で通す。

優しい手つき。
シャツから微かに香るオレンジの香り。
今ここにいるカイルは、本物なんだよね・・・?

私は思わずカイルの白いシャツをギュッと握りしめた。

「ゴライブ(ありがとう)」と言う私に、カイルはいつもどおりフッと笑うと、「解熱剤を飲んでおけ」と言った。

「あ、うんんっ!」

カイルが錠剤とお水を飲んだのは、私に口移しで飲ませたからだ。
と分かったのは、実際そうされたからで・・・。

ご丁寧に、カイルってば私の口から溢れたお水まで吸い取ってくれたし。
全く。この人のやることって、よくわかんない。

と思いながら、ズボンと下着を無造作に脱ぐカイルを、私はじっと見ていた。



< 41 / 57 >

この作品をシェア

pagetop