砂の国のオアシス

番外小話 俺様国王とお忍びデート

こちらは初乗馬の前あたりの時期のお話、という設定です(一応)。


今日、カイルの公務は休み。
それで私を町へ連れて行くと言ってくれたのが、昨夜、寝る前の話。
嬉しくてつい抱きついちゃったら「煽るな」とか言われて・・・。

とにかく、カイル自ら町へ行くっていうのがビックリなんだけど、よく考えてみたら、カイルはイシュタール大学へ通っていたんだし、SU(エスユー)という、国外にある特殊部隊にもいたんだもんね。
町へ行くことだってあるはずだ。

でもテオ同様、町へ行くときは、自分が国王(リ)だと国民のみなさんに気づかれないよう、普段王宮にいるときや、公務のときに着ている民族衣装じゃなくて、町で売ってる普通の服を着る。
もちろん私も。

「うわぁ・・・」

これがカイルのお忍びスタイルなのか。
自身の髪の色と同じ、砂漠の砂色のカーゴパンツ。
紺色の半袖Tシャツは、上半身にピタッとフィットしている。

袖から出ている逞しい二の腕ラインが!
筋肉が!!
腕毛が!!!

あぁ、全てがゼウスチックでカッコいいーっ!!!!

ひとり勝手に悶え喜んでる私とは対照的に、カイルはいつもどおりクールな表情のまま「行くぞ」と言うと、スタスタ歩き出した。

「あっ、はぁい!」

小柄な私は、チョコチョコ走ってカイルに追いつく。
するとカイルは私の手をつないで歩いてくれた。

これってもしかして・・・デート、なのかな・・・。






「どれくらいの頻度で町へ来てるの?」
「月に1・2度の時もあれば、数ヶ月来れない時もある。今回はおまえが来て以来になるから久しぶりだな」
「わ。そうなんだ」
「今回はカーディフのこともあったからな」
「そっか・・・あ。いい匂い・・・」
「腹がすいたか」
「う、ん」

朝食もしっかりとったけど、町の中央市場へ来ると、新鮮な食べ物や飲み物がたくさんあって、つい色々なものを少しずつ食べてしまう。

「では行こう」とカイルは言うと、甘栗屋さんの方へ歩いてくれた。

「栗は日本にもあるのか」
「あるよ。甘栗食べるの久しぶり」
「まだ熱いぞ。気をつけろ」
「うん」

カイルが持ってる袋から甘栗を一つ取ると、冷ますようにフーッと吹いてパクッと食べた。

「ん。おいし・・・ぃ」と言う私をカイルはチラッと見る。

「なに」
「おまえに飲食系を与えると食らいつきが良いと気がついた」
「ぶはっ。な、なにそれ!」
「おまえに服を与えても然程喜ばん」
「あぁ、それはまあ、手持ちがないから助かってるけど。でも不相応っていうか・・・」

特に紫色が入った民族衣装は!

と口には出してないけど、私が言いたいことが分かったのか。
カイルはフッと笑った。

「それにおまえは宝石にも興味を示さん」
「だって。私まだお子様だし。それこそ不相応で似合わないと思うし・・・」
「俺が外国訪問の土産に買ってきた果物や茶は、非常に喜んでいるとヒルダから聞いた」
「あ、あれね!えっと、スターフルーツだっけ。星の形したフルーツ。すごくおいしかった。ちょっと酸っぱくて、でもその後甘くなって。後ジャスミンティーも香り豊かで毎日飲んでるんだー」と言う私を、カイルは不思議そうな顔で見た。

自然と歩調がその場で止まる。

「どしたの、カイル」
「おまえは面白い女だ」
「は?どこが」
「俺の女のくせに、服や宝石類より食べ物や飲み物を与えたほうが、心から嬉しそうな顔をして喜ぶ」
「ど、どうせ私は安上がりな女だも・・・」

最後まで言い終わらないうちに、カイルが私を抱きしめた。

「・・・おまえは食が細い。もっと食べろ」
「た、食べてる、よ。それに私、小柄だから胃袋もちっちゃいんじゃないかな。すぐおなかいっぱいになっちゃうし」
「最近のおまえはもっと食が細くなった。厳密に言えば、シナ国の教授と出会ってから」
「な・・え?そ、そう、かな」

確かに、コウさんが日本人で漂流者だと聞かされたことは衝撃的だった。
そのことをカイルに言いたいけど、そうなるとカイルがコウさんをどうするのか分からなくて、結局言えなくて、悶々と悩んでしまって・・・。

やっぱり食欲落ちてるの、カイルにもバレてるか。

「やはり近々俺も大学へ行く。俺の女が世話になっていると、そ奴に挨拶をしておこう。場合によっては斬る・・・」
「なっ何言ってんのよ!コウさんは今年60歳になるおじいちゃんだよ!私から見たら、コウさんって・・・年の離れてない祖父か、いとこの伯父さん的な存在でしかないの!」
「本当か」
「ホントだよ!」
「おまえの食欲が落ちたのは、そ奴を思慕している故ではないのだな?」
「・・・カイル」
「なんだナギサ」と言うカイルの声は、完全にふてくされている。

「あなたが嫉妬する必要はないの」

ていうか、俺様国王が嫉妬とか!?
もうありえないってくらい・・・かわいい。

ていうか、今「斬る」って・・・言ったよね、この人。
なんかもう・・・この人を敵に回したくない、うん。

でも「そうか」と言ったカイルは、いつもどおり、尊大な俺様口調に戻っていた。
その口調を聞いた私は、なぜかホッとする。

そうして数秒抱きしめ合っていたとき、不意にカイルが動いた。
でも、カイルの左手はまだ私の背中に回されたままだった上、動きが早過ぎて、何をしたのかさっぱり分からない。

それからカイルは左手を私の腰に回すと、「そこのおまえ」と言った。

「そこ」の方向を見ると・・・見た目ティーンエイジャーの男の子がいた。
ティーンエイジャーくんは、歩こうとした恰好のまま、止まっていた。
というのも、彼の顔数センチ目の前の壁に短剣が突き刺さっていて、行く手を阻んでいたからだ。

カイルってば、いつの間に剣を投げたの!?
しかもあれ、絶対そこを狙ってるよね。
見事命中っていうか・・・この人、短剣持ち歩いてたっけ。
短剣でもこの大きさだったら、私も気づくと思うけど・・・。

「もう一度言う。そこのおまえ」
「ひいいぃ!」
「立ち去る前に袖の下に隠している品の代金を払え」
「お、俺何にも盗んでねえし!言いがかり・・」とティーンエイジャーくんが言い終わらないうちに、カイルは護衛のトールセンに「警察に連絡をしろ」と言った。

「かしこまりました」と言って、トールセンがフォンを取り出すのを見たティーンエイジャーくんは、さすがにこの状況じゃあやばいと思ったらしい。
「すみませーんっ!」と言って袖の下からメタリックな装飾品をジャラジャラ出すと、逃げるように立ち去った。

カイルはフンと鼻を鳴らすと、壁に刺さった短剣を取りに歩き出した。
私の手を握っているから、私も一緒なのは必須で・・・。

「これ・・紫龍剣じゃないの!」
「俺はいつもこれを持って出かけている」
「あ・・そう。はははっ」

よく見ると、さっきよりさらに小さな短剣と化した紫龍剣が、カイルの左腰あたりに収まっていた。
フツーの服装に、それはキーホルダー的な飾りのようになじんで・・・いないこともない。
それで紫龍剣の存在を、私は今気づいたのか。


それからすぐに、その装飾品の持ち主と思われる太鼓腹のオジサン店主が、ハァハァ息を切らせながらやってきた。
ティーンエイジャーくんは逃げちゃったけど、品は無事だったので、良かったと連呼していた。

「しな・・品物を取り戻せて、助かりました・・・」
「大したことはしていない」

そのとき、「あーっ!貴方様はもしや、リ・コスイレ(国王様)では・・・!」と誰かが叫んだ。

その場は一瞬シーンと静まって・・・騒然となった。

「リ・コスイレ!?」
「リ・コスイレがここに!?」

たちまち私たちの周囲に人が集まってきた。
うぅ・・・結局無駄に目立ってしまって、「お忍びデート」じゃなくなる・・・。

と思っていたら、太鼓腹のオジサンが「こちらへ」と言って、抜け道を案内してくれた。




オジサンは私たちを自分の店へ連れてきてくれた。

「先程は助けていただいた上に、とんだ無礼を働いてしまい、真に申し訳ございません」
「よくあることだ。気にするな」

ていうか、オジサンは被害者である上に、私たちをその場から避難させてくれたんだし。
恩人なのはオジサンのほうじゃない?

それなのに、オジサンは「お詫びになるかどうかは分かりませんが、ここから何か御一つ、御持ち帰り頂ければ」と提案してきた。

オジサンの店は、メタリックなネックレスの他に、ガラス細工などの装飾品全般を扱っていた。
だからか、店内はキラキラ光っている。

「そうか。ではおまえの好意に甘えることにしよう。ナギサ。一つ好きなものを選べ」
「え?いいの?」と言いながら、私の目線は、さっきからずっとある一点に注がれている。

たぶんカイルもそれに気づいたから、そう言ってくれたと思う。
でも・・・もし高いものだったらどうしよう・・・。
と思いつつ、思いきって「これ」と言ってみた。

「こちらはザラフ国産の香水瓶でございます」
「ザラフはガラス工芸の盛んな国だ」
「そう。キレイ・・・」

私の手のひらに収まるサイズの香水瓶は、繊細なカーブを形取っていて、所々に金色の絵の具で装飾模様が描かれている。

「おまえに香水は不要だ」
「分かってる。そういうのは大人がつけるものだって・・・」
「違う」とカイルは言うと、私に近づいた。

そして「無粋な香水をつけると香しいおまえの匂いが消える。だから不要だと言った」と耳元で囁く。

私は思わず囁かれた右耳を手で抑えながら、真っ赤な顔でカイルを見た。

「な・・・」
「では店主。これをもらおう」
「かしこまりました!ですがあの・・・このお品は非常にそのぅ・・・安価ですので、一つでは十分な御礼には程遠いかと。こちらをいくつか足しましょうか。それとも他にも・・・」

「必要ない」とカイルが、そして「これ一つで十分です!」と私が言ったのは、ほぼ同時だった。




ドアまで見送ってくれたオジサン店主の「ありがとうございました」と言う声を背中に聞きながら、私たちは店を後にした。
外では護衛のトールセンが待ってくれていた。
今日カイルはプライベートで外出してるから、護衛はトールセン一人だけだ。

「ねえカイルー」
「なんだ」
「この香水瓶って、ホントに安いものなの?」
「本当だ。恐らく1つ5ギルダ程だから、日本円で500円か」
「あ・・・そう」

あぁ、私って本当に安上がりな女・・・でも。
と思いつつ、カイルが持ってくれている紙袋をチラッと見る。

値段は関係なく、これはとてもキレイだし、私が気に入って欲しいと思ったもの。
何よりこれはタダでもらったものだ。
返って安くて良かったじゃないの。

そんな私の思いを読んでるのか。
「もしおまえが高価な品を選べば、俺は代金を払って買っていた」とカイルは言った。

「そう?」
「あの程度の事で店に損失を与えるわけにはいかんからな」
「・・・そうだね」

俺様国王はそういう人だ。

「香水の代わりに、ガイネアムをおまえに贈ってやろう」
「ガイネアム・・・あー、その言葉、聞いたことがある」
「イシュタール語で砂という意味だ」
「あ、そうそう!それ!」
「おまえの名の字もそうだろう?」
「・・・うん」

カイル、覚えていてくれたんだ・・・。

「香水瓶にガイネアムを入れると良い」
「わぁステキ!それすっごくいい考え!あなたの髪と同じ、砂漠の砂色がいいなぁ、ってちょっ・・・」

さっきこの人、国王(リ)ってバレたばっかりなのに!
道端で堂々とキスなんてしちゃったら、また大騒ぎになっちゃう!

「・・・今はまだ煽るな」
「ど、どっちが煽ってるのよ!」
「おまえだ」
「が・・・」
「少しは自覚しろ」

結局、それからカイルは国王(リ)とバレることもなく、私たちは市場を歩きながら、お忍びデートを楽しんだ。


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