砂の国のオアシス

4 (カイル視点)

ふと目が覚める・・・もう起きる時間か。
相変わらず俺の体内時計は正確だ。

俺は隣で寝ているナギサを起こさないよう、これが寝ている方向へそっと向きを変えた。

ここ数ヶ月、ナギサは夜中にうなされては起きていた。
睡眠時間も減り、食欲も減ったせいで、体重も落ちているはず。
測らずとも、見て、触れれば分かる。

俺にも分からん言葉でうわ言を言っていたから、恐らくあれは日本語だろう。
一体どのような悪夢を見ているのか。
何を悩んでいるのか。

俺にも話せんということは、ホームシックなのだろうとは思っていた。
「気づけばこの世界へ来ていた」というのは、俺が直接・間接的に知っている漂流者全員の共通点。
自分の意志とは関係なく、突然見知らぬ異世界へ迷い込めば、皆元いた世界へ戻りたいと思うだろう。
その気持ちは俺にも分かる。

ナギサは食欲が落ちる程、悪夢にうなされる程、元いた世界へ戻りたいと思いつめているのであれば、俺はこれが戻れるための術を探し出す協力をすべきだ。
これを心から愛するのであれば、俺はこれが最適だと思うことをさせるべきだ。
と分かってはいたが、どうしてもこれを手放すことができんという己のエゴに打ち勝つことができない。
だから俺は、ナギサよりも先にそう言った。
それ故に、これは俺に話すこともできなかったのかもしれん。
これを精神的に追い詰めたのは、俺にも責の一端がある。

しかしナギサの悩みは、元いた世界へ戻りたい事ではなかった。
この世界は自分が創り出した想像の産物ではないか、今ここにいる自分も含めて、この世界にいる者全てが幻ではないかと恐れていた。

だから今、俺のそばにいるこの世界が、ナギサにとっては現実だと分かったとき、これは心から安堵した。

ようやく俺に身も心も全て委ね、気を許してくれた瞬間だった。

あれからナギサは、亡くなったこれの父母のことを、時々思いついたように俺に話す。
言ってみれば、これは父母とも突然別れを強いられた。
その悲しみを、小さな体と大きな心にまだ背負っているのだろう。

俺はナギサの話を聞き、これの悲しみを分かち合うことで、これが背負う悲しみを、少しでも和らげることしかできん。
尤も、他の女に対してそうしようとも思わんし、思ったこともないが。

俺に背を向けて眠っているナギサに触れようと思ったが・・止めた。
公務までの時間調整はどうとでもできるが、触れればこれを起こすことになる。
シナ国の教授のことも含めて、内に溜めこんでいた思いを俺に全て話して以来、これは悪夢にうなされることもなくなった。
もう少し寝かせてやろう。

行き着いた考えに、つい笑みが出そうになった。
俺の欲望を発散させることよりも、ナギサを思いやることを優先させるとは。

認めたくはないが、俺も寛大になったものだ。

ナギサの左手首には、もう痛み止めの薬を塗る必要もない程回復したが、右腰はまだ痛むようだ。
痣は日々薄く小さくなってはいるが、触れると痛そうに顔をしかめる時があるから、愛し合うときも含めて、普段はそこに触れないようにしている。

それ以来、ナギサは痛む右腰を上にし、今のように横向きで眠るようになった。
つまり俺に背を向けている。
今までとは真逆だ。
以前は俺を枕代わりにし、俺にしっかり抱きついて眠っていたのに・・・今では俺の代わりに枕を抱きしめて眠っている!

だから俺たちが寝る左右側を逆にしようとしたら、ナギサは「こっち側のほうが慣れてるから嫌」と言う。

実に気に入らん!!

こういう状況を作った後宮の女どもは、金輪際庭自体をうろつかせんほうが、やはり得策・・・いや、あの場で全員斬ったほうが良かったか。

それよりも、女の嫉妬を利用した大元に灸を据えてやる方が必須。

今度は自分の行き着いた考えに深く賛同し、心から満足できた。
俺はフッと笑うと、そっとベッドから出てバスルームへ向かった。





ぐっすり眠っているナギサを起こしたくはないが、公務なりで部屋から出る時は、いつもこれを起こすのが常となっている。

「ナギサ」
「う・・・あ。おはよ・・」
「オハヨウ、ナギサ」

ナギサから教えてもらった朝の挨拶は、英語(イシュタール語も同じ)で言うより言い易い。
それに、これの母国語で交わす挨拶は、俺とナギサ、二人だけが共有する秘密めいた喜びでもある。

「もう公務に行く時間?」
「ああ。おまえはまだ寝てろ」

昨夜も俺にとっては「少しばかり」、これにとっては「遅くまで」“つき合わせた”からな。

「んー。じゃ、あと30分。ヨロ・・」

最後の言葉は日本語か?面白い。
俺はフッと笑うと、「おまえは具体的に数値化する物言いが好きだな」と言った。

「なにがー」
「“10回だけ”とか“30分”とか・・・」
「なっ!“10回”はあなたがあれこれと理由をつけて・・・」
「行ってくる。そう興奮するな。機嫌が直るまでぐっすり眠れ」
「・・・はぁい」

寝ぼけていても、せがむように唇を突き出すことは忘れない。
心の中で「煽るな」とつぶやきながら、いつも通り3回これの唇にキスをした。

「ん・・・いってらっしゃーい」と言うナギサの声を背に聞きながら、ドアを閉める。
いつもの言葉であれに見送ってもらったことに安堵しながら、俺は歩き出した。  





「・・・来月の予算内訳は以上となります。他に何かご質問かご意見がある方は」と議長が言うと、一人の官吏が手を上げた。

「リ・コスイレ(国王様)」
「なんだ」
「率直に申し上げさせていただきます。貴方様はいつ御成婚をなさるのでしょうか」と官吏の一人が言うと、待ちかねたように他の官吏もその話に乗ってきた。

「弟君であるプリンス・テオドールも御成婚なさいますし」
「最近は後宮への出入りも途絶えたと聞いておりますぞ」
「貴方様は御世継を残すという大切な役目もございます」

と物言いをしてきたのは、先に姓の改正案を出したとき、最後まで渋った身分と家名に固執するいつもの反対派。
己の考えが正しいと信じている頑固な年寄り共は、変化を好まん。
故に俺が国王(リ)であることに不満を抱き、俺がこの国を統治することで、この国の行く末を案じている。

しかし俺が言う事成す事全てに「その通り」と盲目的に賛同し、右に倣えな考えの持ち主ばかりの集まりでは、国はいつか滅びる。
故にこれはごく自然な流れなのだろう。

とにかく、このタイミングでこの話題を持ち出したということは、先日の庭園でのやりとりをこ奴らも知っているということだ。

丁度良い。
今までは俺の一睨みと「いつかな」で終わらせていたが、ここではっきりさせてやろう。

「そうだな。あれが20歳になれば結婚の準備を始めようと思っている」

ナギサではないが、数値を出して具体的に言ってやった。
いつもと違う、且つ現実味を帯びた俺の答えに、室内は一瞬シンと静まった後、騒然となった。
もちろんその喚き元の大半は、反対派の年寄り共からだ。

「やはり先日の庭園での“バンリオナ(王妃)発言”は本当だったのですか!」
「あれはまだその気ではないが、20歳になるまでまだ5カ月強ある。気長に待つのも良い」

と言えるようになった俺は、やはり寛大になったものだ。

「だからと言って、あの娘の部屋をリ・コスイレの隣室へ移したことは、早まり過ぎだと思います!大体、御成婚前からバンリオナと同等の措置を取るとは。前代未聞・・・」
「それがどうした。俺はあれと結婚をすると決めた。部屋を移す時期が早まっても構わんだろう」
「でしたら・・・せめてあの娘以外のイシュタール人もバンリオナにすることを御考慮下さい!貴方様の代でマローク家及びイシュタール王国・国王(リ)が受け継ぐ高貴な血が薄れることは、大いなる損失となりますぞ」

本当は、「高貴な血が“もっと”薄れる」と言いたかったのだろう?
おまえはどうでも良いことに固執し過ぎだ。

「生憎、あれは重婚している者とは結婚できんと言っている。それにこの俺を、他の女と共有するのが嫌だとも言った。俺はあれが嫌がることをする気はない」
「でしたら尚更・・・」
「まだ話は終わっていない」と俺が言うと、そ奴は首をすくめて「も、申し訳ございませんっ」と言った。

この程度で怖気づくとは。
口だけ達者で大したことはないな。

「俺はあれが嫌がることをさせる気もない。そして俺はあれが悲しむ顔を見るのが好きではない。故に俺は好きでもないことをする気はない。後宮の女を相手にする事も然り。俺はナギサがいればそれで良い。あれ以外の女を抱く気にもならん」


と俺が言うと、比較的若い年層の官吏共は、共感と納得をしたように頷いたが、古い風習に囚われた年寄り共には通じてないらしく、頑なな表情を崩そうともしない。

「ということは・・貴方様は重婚をなさらないおつもりですか!?」
「そんなことはイシュタール建国以来前例がない!」
「ならば俺が前例を作る。無意味な風習を守り続ける必要はない」
「しかし、それでは国王(リ)としての威厳が・・・」
「そんな“威厳”がなければ、この俺は国王(リ)には見えんのか」

額に冷や汗をかきながら、「いいえ!滅相もございません!」と必死に否定をする官吏や、俺の機嫌を取ろうと必死に取り繕う奴らを、俺は客観的に見た。
ここにナギサがいれば何と言うだろう。
そう考えただけで笑いが出そうになった。



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