この思いを迷宮に捧ぐ
懸案2

国民に娯楽を提供する件

「私はあなたを愛しています」

千砂は、その台詞を耳で捉えた途端、急速に目の前の舞台に対する集中力を失った。


恋だとか愛だとか、そんなものは舞台や書物の世界にしか存在しないのだと、23歳の千砂はすでに知ってしまった後なのだから。

一切甘いセリフのない、ミステリーや歴史上の出来事だけで、筋書きができていればいいのに。そんな舞台ならば、最初から最後まで興味を持って見られる。


千砂は、そこまで考えた後は、舞台のことは忘れ、どうやって国の粛清をすすめるべきか、ということに考えを巡らせる。



“父ならば”


いつもそう考えるけれど、千砂は父親と同じようには振る舞えないということは自覚している。

父は、類まれな協調性の持ち主だった。

議論の真っ只中でも、対立する複数の意見の中から、妥協点を見出すことができた。

スムーズな議事の進行時には、ユーモアを交えて演説をすることもできた。


千砂は、顔立ちこそ、美男であった父王の若き日によく似ていると言われる。

だから、振る舞いさえ真似ることができれば、いまだに父にまつわる記憶が色濃く残されたこの国では、上手く立ち回ることができるはずなのに。

< 8 / 457 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop