グッバイ・メロディー
「こうちゃん、うれしくないの?」
「なにが」
「拡散されて、有名になっていくこと?」
こうちゃんは少し考えるみたいに目を伏せたあとで、ゆらりと視線を上げると、わたしの顔をじいっと見つめた。
「季沙は嬉しい?」
そんな当たり前のことを質問されるなんて。
「うれしいよ!」
「そうなんだ」
基本は一直線の口元の両端が少し上がる。
薄くてきれいな形の、こうちゃんのくちびる。
小さいころは、口角が上がることが、いまよりもう少しだけ多かった気がする。
「なんで嬉しいの?」
「そりゃあ、だって……」
説明しようとしたら、意外とうまくできなくて、もどかしい。
でも、とにかくうれしいんだ。
わたしが大好きなこうちゃんを、あまいたまごやきを、誰かが好きだと言ってくれると、いつもうれしくなるから。
その数がどんどん大きくなったらもっとうれしいに決まっている。
絶対、そうに決まっている。
それでも言葉が続かなくて唸っているわたしに、こうちゃんは今度は小さく声を吐いて笑った。
「季沙、おいで」
飼っているワンコに呼びかけるみたいな、優しい、甘やかすような言い方。
素直に従い、ベッドにもたれかかってあぐらをかいているこうちゃんの長い脚に挟まるみたいにして座ると、背中からじんわりと温かさが伝わってきた。
いつもはこうちゃんの大切なギターたちがいる場所。
だけど、あのコたちに負けないくらい、ここはわたしも大好きな場所なんだよ。