不機嫌主任の溺愛宣言

(3)


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天井からポチャンと水滴滴る旅館の大浴場。
熱めの湯船に浸かりながら、忠臣は沸騰しそうな頭で考え続けていた。

――とにかく、優しくだ。焦ったりがっついたりするな。落ち着いて、優しくリードするんだ。

いきなりの宿泊。言い出しっぺのクセに、心の準備が全く出来ていないのは忠臣の方だった。

もちろん一華を抱ける事は彼にとって嬉しいに違いない。しかし、嬉しすぎるのが問題だ。初めてキスした時でさえ、あんなにも止まらなくなってしまった欲望。それが果たして今宵は程よく制御することが出来るのか。

鼻息荒くがっついて軽蔑でもされたら元も子もない。欲望のままに求めすぎて、彼女に不快な思いをさせでもしたら。ましてや、気持ちが先走りすぎて自分だけがさっさと満足して終わるような事があったら……!

考えすぎて熱を持った頭を冷やそうと、忠臣は勢い良く湯船から出ると桶に冷水をいっぱい汲んで頭から被った。

水の滴る前髪を手で乱暴にかき上げながら、尚も彼は悩み続ける。それも仕方のない事といえよう。それまで仲の良かったカップルが性の不一致が判明した途端破局するなど、よくある話なのだから。

忠臣は洗い場のカランの椅子に腰掛けると、ジッと鏡の中の自分を見つめた。

――ヒゲの剃り残しは無い、な。爪も伸びていないし、指先も荒れていない。

大切な彼女の柔肌に触れるのだ。万が一にでも傷付けるような事があったら大変だ、と忠臣は念入りに自分をチェックする。そして。

「……触れられるのか。あの陶器のような白くすべらかな肌に……」

改めてそう意識した途端、彼の身体は若々しい反応をしてしまい、焦った忠臣は修行僧の如く冷水をザブザブと頭から被るのであった。
 
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