冬夏恋語り
風鈴とアイスクリーム

1, 夏祭りと年上の彼



軒先の風鈴がチリンと鳴り、舞い込んだ風がカーテンを揺らした。

夕方の風が、昼間の熱気をどこかへ運んでくれるといいのに、と夜の涼しさを期待し、汗をにじませながら浴衣の帯を結ぶ。

つけっぱなしのテレビから聞こえたドラマの台詞に、文庫結びをととのえる手が止まった。



『キスしてよ』


『やだ、恥ずかしい』


『誰も見てないって、ほら』


『でも……』



チラッと見た画面には、女性の足元だけが映っていた。

男性に向き合った女性は爪先立ちで、足元だけの映像にリップ音が重なり、見えないキスシーンの演出は、それとわかるより効果的で見る側の想像力をかきたてる。



「うわっ……」



誰もいない部屋で声を出して恥ずかしがり、6年も前の出来事が頭の中で鮮明に蘇っていた。

夕暮れ時の路上で、別れる間際の彼の言葉は、テレビドラマの男性と同じ台詞だった。

「でも……」 と言いながら拒みきれずに爪先立ちしたのも同じで、まるであのときの場面を見せられたようで赤面した。

ドラマの先が気になりながらも、胸の騒ぎを抑えるために結びかけた帯から手を離し、リモコンを取り画面を消した。

いつになったら忘れるのだろう。

何度も再現してきた路上の場面を打ち消しながら、浴衣の帯を結び直した。


風鈴が、またチリンと鳴った。

生まれたばかりの赤ちゃんも、音はわかるのかな。

赤ちゃん、可愛かったな……


今日、ママになったばかりのいとこに会いにいった。

抱っこさせてもらった赤ちゃんの、なんと軽いことか。

目も鼻も口も小さく、寝てばかりの顔も可愛くて、ほっぺはマシュマロみたいにふわふわだった。

柔らかい感触を楽しみたくて頬を突いたら、小さな手をぎゅっとにぎって真っ赤な顔で泣きだした。

慌ててあやしたが泣き止む気配はなく、困り果ててちいちゃんに渡した。

「こんなときはおっぱいよ」 そう言う顔は、落ち着いた母親の顔になっていた。


母乳を飲む口がもぐもぐ動き、目がだんだん閉じてきて 「寝ちゃったわね」 とつぶやくちいちゃんに、ダンナさまの脩平さんが 「うん、千晶に似てるね」 と返した。

ちいちゃんを見つめる脩平さんの顔は優しくて、結婚もいいものだと思った。




『田代 大空』 


命名の字が誇らしげに掲げられた部屋は、赤ちゃんの物であふれていた。

『大空』 と書いて 『そら』 と読むそうで、「普通は読めないでしょう」 と顔をしかめるちいちゃんと 「みんなが読めるように、名前を連呼して覚えてもらう」 と言って譲らない脩平さんとで、名づけで夫婦喧嘩になったとか。

「ゆきちゃん、結婚してわかることって多いわよ」 とこっそり愚痴をこぼすちいちゃんが、ちょっと羨ましかった。
 


田代脩平さんと、従姉妹のちいちゃんこと大杉千晶の出会いは、私の見合いの席だった。

見合いに乗り気でなかった私に、ちいちゃんが付き添ってくれたことから二人は再会した。

脩平さんが、ちいちゃんの中学の部活の先輩だったと聞かされたのは、二人の交際が親密になり結婚を決めてからだった。

私の見合い相手だった脩平さんに交際を申し込まれたと言い出せず、また、父が脩平さんを気に入り縁談を強行に進めようとしたため、脩平さんとちいちゃんは、長らく交際を隠していた。

言ってみれば、私が二人の交際の障害になっていたのだ。

ちいちゃんの気持ちにもっと早く気がついていたら、二人は悩まずにすんだのに……

そう思う一方で、どうして私にまで隠していたのかと腹もたった。


二人の結婚を祝福しながらも、心の隅にそんな思いが残っていたが、大空くんの顔を見ていたら、幸せっていいな、結婚っていいな、と素直に思えて 「あぁ、私も結婚したい」 とつぶやいていた。



「彼と幸せになってね。応援してるから」


「深雪さんの恋の成就を願って、ワインに願掛けしたんだよ」



なんでも、ロゼワインを満月にかざして飲むと、恋が実るのだそうだ。

従姉妹夫婦の声援が嬉しかった。


結婚か……西垣さんにその気があるのか、ないのか、心の中がつかめない。

結婚を意識した交際をと願っているのは私だけか、彼の口から出る言葉に、二人の将来を思わせる単語は含まれていない。

「そろそろ見切りをつけたほうがいいわよ」 と私たちの付き合いを知る友人は言うけれど、別れを切り出す勇気もエネルギーもなく、いまさら……と思ったり、そうだよねと思ったり。

それなのに 「縁日に行こう。浴衣を着てきて欲しいな」 と、西垣さんに誘われて、いそいそと浴衣を着る私も私だ。


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