冬夏恋語り

5, 風呂敷とワインバッグ



くじ運に恵まれたことはなく、小さい頃の祭りや縁日の屋台のくじはいつも 「参加賞」、学校の頃の係り決めのあみだくじでも、一本しかない 「はずれ」 をひくありさまで、貧乏くじばかりだった。

ところが、年の瀬になって二度の当たりくじを引いた。

それも、カランカランと鐘を鳴らしながらの大当たりだ。

一つ目は、ハルさんこと春田さんに紹介された貴金属店で、渡す相手のいなくなった婚約指輪を引き取ってもらったときのこと。

「歳末大売り出しくじ」 なるものをもらったのだが、なんと特別賞の伊勢海老二尾が当たった。

居合わせた人々の拍手を受けながら活きのいい賞品を受け取り、その足で 『小料理屋 なすび』 に持ち込んだ。

恋ちゃんと林店長と井上さんとで、その日忘年会をやることになっていたのだ。

大きな伊勢海老は、板さんの包丁で刺身と味噌汁になり、忘年会は大いに盛り上がった。


それから二日後、今度は職場の忘年会の余興 「大抽選会」 で年代物のワインが当たった。

飲めれば酒ならなんでもいいという方で、ワインにこだわりはなかったが、ワイン通の学部長が狙っていたらしいと聞き、そうなると貴重な物に思えてきた。

「良い物を当てたね。すごいじゃないか、うらやましいよ」 と、暗に譲ってほしいというような素振りが見えたが、学部長のアピールに気づかぬ顔で、「お先に失礼します」 と頭を下げ、二次会の途中でワインを抱えて抜け出した。

お偉方もいる席であり、本来なら酒宴の最後まで付きあうのが筋だと思うが、今日はどうしても外せない用があり、無礼を承知で退席した。

恋ちゃんの誕生日は明日、12月30日、一足先にふたりで祝おうと決めていたのだった。

当たったビンテージワインと、ほかにプレゼントを持参して、夜の 『恋雪食堂』 へ向かった。





コタツには、酒の肴が数皿、それに恋ちゃん手作りのフルーツケーキがあり、三本のローソクが立っていた。

さっそくローソクに火をつけ、部屋の灯りを落とした。

恋ちゃんが勢いよく吹き消し 「誕生日おめでとう。今の心境は?」 と聞くと、



「麻生恋雪、30歳になりました。ついに来たなーってカンジです。

でも、今日はまだ29歳ですよ。秒読みですけどね」



彼女は、節目の歳を迎える気持ちを正直に言葉にした。

冷えたシャンパンで乾杯して、プレゼントを渡した。

婚約指輪を引き取ってもらった店は、ほとんどが外商だが、店内の小売りもあり、そこで見つけたプラチナのチェーンだ。



「そのときもらった 『歳末大売り出しくじ』 で、あの伊勢海老が当たったんだよ」


「わぁ、縁起がいい物ですね」



さっそく首につけて嬉しそうにしている。

小さなダイヤのネックレスもあったけれど、石のついたジュエリーは避けたかった。

そんなことにこだわりながら、前の彼女へ贈るはずだった指輪を処分した店で、恋ちゃんへのプレゼントを選んでしまった。

あとから、ほかの店で買うべきだった、配慮が足りなかったと後悔した。

恋ちゃんは、俺が指輪を処分した貴金属店は、どこのなんという店であるかも知っている。

同じ店でプレゼントのチェーンを購入しただろうこともわかっているはずなのに、そのことには触れず、喜んでくれている。

その気遣いに心の中で頭を下げながら、またジュエリーをプレゼントするときは、彼女の好みを聞いて選ぼうと決めた。

恋ちゃんの指に似合う、とびっきりの指輪を贈って……と考えながら、頭に浮かんだのは婚約指輪だったことに気がつき、あわてた。

何をひとりで未来を想像しているんだ、まだ彼女とは始まったばかりなのに。

広げた風呂敷をたたみ、頭の中の引き出しにしまった。



「どうしたの?」


「うん? あぁ、なんでもないよ。そうだ、このワイン、あけようか。美味しいらしいよ」


「ふたりで飲んだらもったいない気がしませんか?」


「もったいなくないよ、恋ちゃんの記念すべき30回目の誕生日だからさ」


「30回を強調しないでください。三十路って、気にしてるんですから。

そうだ、お家のみなさんへお土産にしてください。きっと喜ばれますよ」



明日から正月までの数日間、帰省する。

ミューは恋ちゃんが預かってくれるため安心だ。

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