冬夏恋語り


コースの芝がいつになく爽やかに見えた。

絶好のゴルフ日和ということもあるが、心に横たわっていた悩みが解消し、気持ちが軽くなったことにもよるもしれない。

ブロック会議の翌日に行われるゴルフは父の名前で申し込んだもので、経験不足を理由に断るつもりでいたのに、私は朝早くからコースに立っていた。

みなさんの腕前はそれぞれで、常磐さんのように大学のゴルフサークルで活躍した人もいれば、今日のために誘われて始めたばかりの人もいる。

初心者や女性に不利にならない配慮をしているから、気兼ねなく参加してくださいとコンペの幹事さんに言われ、断る口実が見つからず参加を決めた。


父の付き添いでゴルフを始めたのは数年前、学生の頃を含め運動の経験はなかったが、ゴルフクラブを振って体をひねり、ボールを遠くへ飛ばす快感のとりこになり、一時は熱心に練習に通った。

やり始めると真剣に取り組むのが私の性分で、ゴルフが個人プレーであることも私に合っていたようだ。


常磐さんの美しいフォームから打ち出されたボールは、長い弧を描いて遠くへ飛んでいき、見ている人々の口から ほぉ…… と声が漏れた。

みなさんに遅れないように歩きながら、今日もまた偶然同じ組になった常磐さんの横に肩を並べた。

昨夜の報告をと思ったのだが、私が口を開くより先に話かけられた。



「西垣と話ができましたか」


「はい、常磐さんのおかげです。思ったことを彼に伝えることができました」


「それで、彼はなんと?」


「考え直してくれないか。

時間をおいて、もう一度会おうと言われましたが、私の気持ちは変わりませんと伝えました」


「そうですか……ふたりを応援したつもりが、結果的に別れる手助けをしたようですね」


「すみません」



謝る私に、そんなことはない、こうなる運命だったんですよ、西垣は現実を受け入れるべきですと、友人に対して厳しい言葉が続いた。



「でも、彼が心配です。好きだった人ですから」


「好きだった人か……あなたにとっては過去形なんですね……

わかりました。西垣のフォローは僕が引き受けます。

いっとき引きずるでしょうが、なんとかなるでしょう。大丈夫」



気分を変えるように 「さぁ、次、行きますか」 と明るい声がした。

昨夜のコーヒー店は常磐さんの独演場だったが、今日は 「あとは任せてください」 と言うのみで多くを語らない。

私に出来ることはないのだから、お任せするしかない。

先に歩き出した常磐さんへ、よろしくお願いしますと頭を下げた。







ブロック会議から数日がたったある朝のこと、西垣さんからお詫びがあったと父から知らされた。

結婚話は白紙に戻してください、ご迷惑をおかけしました、自分が至らないばかりにこんな結果になったと、丁寧な申し入れだったそうだ。

仕事の伝達事項のように淡々と伝える声に抑揚はなく、父の表情にも険しさはなかった。

怒るなり嘆くなり、感情をあらわにしてくれたほうがどんなにか良かったか……

こんなことを思う私も勝手だと思うが、「大っ嫌い」 と言ってしまった後遺症は、思いのほか長引いていた。

すべてが片付いたのに、失わなくても良いものまで失ったのではないか、そう思えてならない。

秋の気配が色濃くなってきたこの頃、私の心にも秋風が吹いていた。


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