冬夏恋語り


恋愛経験は少なくても、それなりの経験はある、不意のキスくらいでうろたえたりしない。

これくらい、たいしたことじゃない……

すました顔で 「人が見てるよ」 と言ったつもりが、声がうわずった。

キスの味なんて大差ないと思っていたのに、亮君のキスは文字通り甘く、キャラメルラテの深い甘みがいつまでも口の中に残っている。

初めてのように新鮮で、いつまでもドキドキが続く胸に手を当て 「落ち着け、落ち着け」 と言い聞かせた。

私より平然としている彼は、ハンドルを握りながら何事もなかったように話しかけてくる。



「彼女、西垣さんとハンバーグセットを食べたそうですよ」


「ハンバーグセットって、駅前のファミレスで?」


「そう。俺たちが出てから運ばれてきて、西垣さんと彼女とで完食したって言ってました」


「だから里緒菜さん、西垣先生って言ったのね……

でも、あの視線の中で食べちゃうなんて、すごい」


「開き直ったって言ってました。残された者同士、絶対取り戻そうって話になったって」



振ったり振られたりを演じた私たちは、それぞれ違う相手とその後の時間を過ごした。

私と亮君がカラオケで発散していたころ、西垣さんと里緒菜さんはハンバーグセットを食べながら何を話し合ったのか。



「食事が無駄にならなくて良かった」


「感心するところって、そこ?」


「だって、もったいないでしょう」



あはは……と亮くんに笑われ、私もつられて笑った。

キスの余韻は跡形もなく消え、いつもの空気に戻っていた。



家の近くに来るとあらたな緊張が芽生えたが、彼が一緒であることが心強かった。

これまで、母にも連絡せず門限を過ぎたことはなかった、さぞ心配しているはずだ。

仁王立ちで私を待ちる受ける父だけでなく、母の小言も覚悟して帰宅した。


ところが、門の前にいたのは母と従姉妹夫婦で、父は? と姿を探しながら車を降りると、3人が駆け寄ってきた。



「ユキちゃん、大丈夫? 無事でよかった。ごめん、本当にごめん」


「ちいちゃん、どうしたの?」


「深雪、どこにいたの! どうして電話に出ないの。みんなに心配をかけて」



ちいちゃんも母も、私の帰りを待っていたにしては様子が変だ。

深雪さん、すみませんと、謝る脩平さんに訳を尋ねた。



「合コンに行った先輩の彼女の友達から連絡があって、深雪さんが彼に連れ出されたって。

その……お持ち帰りされたって聞いて」


「お持ち帰りって……えぇっ」


「その男とずっと連絡が取れなくて、これはとんでもないことになってるんじゃないかと

心配で。僕が深雪さんを紹介したからこんなことになったんだって、千晶にも怒られて」


「ユキちゃんに電話してもでないし、伯母さんにも連絡がないって聞いて、もうどうしようかと思ったのよ」



私に電話をするが繋がらず、小野寺の家に私が帰宅したかと問い合せたが、夜中近くまで連絡がない。

これは何かあったに違いないと、みんなで青くなったそうだ。



「ユキちゃん、それで、どうだったの? その、連れて行った彼と」



探るように聞いてきたちいちゃんへ 「大丈夫よ」 と元気に答え、車から降りてきた亮君を紹介した。



「彼が助けてくれたの」


「東川さん」



取引先の方なのよ、深雪がいろいろお世話になって……と母は、懸命に東川さんのことをちいちゃんと脩平さんに説明している。

ありがとうございますと、3人から頭を下げられた彼は、私を助けたときの状況を話し始めた。



「偶然だったんです。

となりの部屋から深雪さんの声が聞こえてきて、男が口説いている様子だったので、心配であとを追っていったら」



ホテルの前で揉み合うふたりを見つけて、男の手を振り払った私を連れて逃げたのだと、ありのままを伝えた。



「東川さんがいなければ、深雪は大変なことになっていたんですね。

ありがとうございます。なんとお礼を言ってよいのか」


「ユキちゃんを助けてくださって、ありがとうございます」


「あなたのおかげです。ありがとうございました」



重ね重ね礼を述べられ、手を取らんばかりに感謝する3人へ、亮君は 「そんな、大したことはしてませんから」 と、いたって謙虚だった。

とにかく家にどうぞ、お茶を差し上げますからと、母らしい言葉に亮君は一度は辞退したが再度勧められ、それでは……と家に入った。


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