冬夏恋語り

8, 未来計画



土曜日の昼、ほかに誰もいない事務所は静かすぎる。

電話も鳴らなければFAXも届かない。

休業日対応のための出勤であるから事故もトラブルもないのはありがたいが、忙しさで気を紛らわしたい私にとってはありがたくない。

掃除でもしようと思い立ち、お掃除シートを手に事務所の隅々を拭いていく。

一心に掃除に打ち込もうとするが、頭に浮かぶのは昨夜から今朝のできごとだった。


亮君に付き添われ、昼前に帰宅した私を待っていたのは母だった。

ただいま……おかえり……と親子の会話のあと、「昨夜はすみませんでした」 と亮君がおもむろに頭を下げたが 「お世話になりました」 と母は礼を伝えたのみ。

今度こそ雷が落ちるだろうと覚悟していたのに、父は取引先主催のゴルフに参加するため早朝から出かけて留守だった。


父はいなくても、母から何か言われるか聞かれるだろうと思っていたが、そのときの母は喪服姿で、知人に不幸があり遠くまで通夜にいくとかで 「私が出かける前でよかった。

午後から事務所の留守番をお願いね。夜も遅くなると思うから」 と言い残し出かけていった。

そんな慌ただしい状態で話をすることもままならず、父が不機嫌だったのか、私へ怒りをあらわにしていたのか聞きそびれた。


帰宅して、顔が合った途端ガツンと怒られて、ごめんなさいと謝ってしまえば気も楽になるのに、こわごわとした気分を抱えたまま先延ばしにされるのは、たまったものではない。

亮君が電話で了解を得たとた言え、父が外泊の事実を喜んで受け入れるはずはないのだから。

棚や机の掃除を終え、床にまで掃除の範囲を広げ手を動かしながら、私の顔を見たときの父の反応はいかにと想像するが、怒りの度合いがどの程度になるのかわからず、相当な覚悟を持って父に向き合うしかないとの結論にいたった。


ひとつが片付くと、もうひとつの気がかりが浮かんでくる。

失恋のリハビリに付き合っていたつもりの亮君から、一足飛びに未来の提案を示された。


『俺と未来をはじめませんか』


なんて洒落た提案だろう。

正直なところかなり驚いたが、まっすぐに突きに進んでくる彼の勢いに、思わず 「はい」 と言いそうになった。

勢いに流されず 「待って」 と言えたのは、これまでの経験が糧になっているのか。

返事を待たされる亮君にとって2ヶ月は長い期間だろうから、できるだけ早く気持ちを決めて返事をしたい。

じっくり自分と向き合い将来を見極めるために、気持ちが決まるまで会えないと彼に伝えた。

会えば気持ちが揺らぎ、自分の本当の気持ちを見失ってしまいそうだったから。

どうして会えないのかと、彼は私の申し出に納得がいかないようだったが、私の決心が固いことから、わかった……と承知してくれた。

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