AfterStory~彼女と彼の話~

 ┣2人の願い事(麻衣×海斗)

【九条麻衣side】

 もうすぐ1年が終わろうとする、11月。

 只今、私が勤務する四つ葉出版社は年明け最初に発売される新年号とその翌月に発売される号の進行を手掛けていて、残業が続く毎日を過ごしている。

「水瀬編集長、コーディネートの特集用の写真のデータが届きません!」
「俺から宅配便に問い合わせするから、こっちの記事のレイアウトをお願い」
「モデルと連絡がつきません。代理を頼めるように、他のモデル事務所に問い合わせをします」
「ありがと!再来月の進行はどうなってる?」

 雑誌『clover』を手掛けているファッション部は相変わらずの忙がしさで、私はほんの数ヶ月まであそこで一緒に仕事をしていた。

 水瀬編集長は私の元上司で、私がタウン情報部に異動してからも声をかけてもらっている。

「おい、ボサッとすんな。原稿は終わったのか?」
「3割は…」
「早くしろよ」
「はい、すいません……」

 私の斜め右の席に座るのはタウン情報部の姫川編集長といって、モジャモジャな髪の毛と口調がとてもキツイ人である。

 初めはファッション部からタウン情報部への異動には驚いて、どうにか元の部署に戻ろうかと思っていたけれど、姫川編集長の雑誌に対する真剣な思いに触れるにつれて印象が変わっていった。

「ヒデ子婆ちゃんは元気か?」
「この間、お邪魔した時も元気でいらっしゃいましたよ。姫川編集長からのお茶のお土産を渡しましたら、とても喜んでました」
「……そっか」

 普段は口調がとてもキツイけど、その言葉は優しさが込められている。

「アイツは、どうしてるんだ?」
「いつもの様に、漁に出てます」
「相変わらずだな」

 さっきは優しさが込められていたのに、今は呆れた感じでいる。

 タウン情報部に異動して、段々と姫川編集長の口調の喜怒哀楽の違いが解ってきた。

 アイツと言うのは私の恋人である佐々原海斗さんのことで、姫川編集長の弟で、ヒデ子婆ちゃんは海斗さんと姫川編集長の祖母で、みんなからは『ヒデ子婆ちゃん』と呼ばれている。

 海斗さんやヒデ子婆ちゃんに出会えたのは、四つ葉出版社が手掛けた季刊を発行するために訪れた海の側にある街だった。

 私がタウン情報部へ異動しなかったら、出会うことも恋をすることもなかったし、縁って不思議だなぁと思う。

「年末年始はどうするんだ?」
「ヒデ子婆ちゃんに誘われていまして、ご実家に伺います。姫川編集長は?」
「俺はずっと家にいる」
「姫川編集長らしいですね」
「ふん。原稿を追加させるぞ」
「分かってます!」

 私は姫川編集長に答えると、パソコンのキーボードを早く打ち込み始めた。

 早く書かないと海斗さんとヒデ子婆ちゃんに会えなくなるので、普段よりも気合いを入れていく。

 海斗さん、漁に出てるけど大晦日までには帰ってこれるかな?

 海斗さんの職業は漁師で、お父さんも漁師で、小さな頃から漁師になるのが夢でそれを実現している。

 ただ一度漁に出ると中々帰ってこないから、会えるのはとても少ない。

「はぁ……」

 付き合う前から分かってはいるけど、やっぱ会えないのは寂しいとため息を深くついた。

「はぁ……」

 頭では海斗さんの職業を理解しているつもりでも心は恋人としての寂しさがあって、それに矛盾してる自分にも呆れてまたため息をつく。

 いけない、いけない。

 ネガティブモードに入ったら駄目と、顔を左右に振って寂しさを払拭させる。

 海斗さんの職業を解って傍にいたいと決めたんだもの、寂しいだなんて言ってたらバチが当たるんだから。

 頬を叩いて、気持ちをシャキッとさせてキーボードを打ち続ける。

「お、終わった……」

 記事のデータの保存ボタンを押して、一気に力が抜ける。

 姫川編集長にチェックしてもらう期限の締め切りぎりぎりになってしまったけど、これで年末年始は海斗さんのところにいけそうだ。

「姫川編集長、ぎりぎりになりましたが原稿の確認をお願いします」
「分かった」

 姫川編集長は私の席にきてパソコンの画面を覗くこの確認の時間が、原稿を作るなかで一番緊張する時間だ。

「………」
「どうですか?」
「よし、良いだろう」
「ありがとうございます!」

 姫川編集長から合格の返事を貰えて、心の中でガッツポーズをする。

 後で海斗さんに、年末年始は過ごせそうだと連絡してみよう!

 まだ年末まで日にちはあるけれど、会えるとわくわくしてきて、それを悟られないように必死に我慢する。
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