星空と君の手 【Ansyalシリーズ 託実編】



お寺の駐車場に車を停めて、参拝者用に用意された水桶に水道水を汲み入れ
杓子と花を持って、ゆっくりと通いなれた道を歩く。


その場所に、誰も来ていないことを確認して……。



お姉ちゃんが眠り続けるその場所で、
満永の家族や、知り合いに逢いたくはないから。




辿り着いたお姉ちゃんのお墓は、
周囲にあるお墓とは違ってる。



ピアノを演奏するのが何よりも大好きだったお姉ちゃんは、
有名なピアニスト、羽村冴香(はむら さえか)さんとも出逢って演奏するほどだった。


私の母校の学院祭にも、ゲスト招待されて演奏も一度だけしてる。


入院中も、エントランスのピアノを奏でて
患者さんたちや、その家族の人たちを和ますピアノのメロディーを
奏でてる姿も知ってる。



お姉ちゃんには逢わなかったけど……
時折、病院には向かって見ていたから。


そんなお姉ちゃんの生活にかかせなかったピアノをモチーフに
満永の両親(あの人)たちは、デザイン墓石を選択した。



グランドピアノの天板の形をした墓石に掘られたのは、
鍵盤と、五線譜。

何の曲かはわかんないけど、
お姉ちゃんが作曲したらしいメロディーの一部が刻まれてる。



お姉ちゃんのお墓の花筒には、お花が絶えることはない。

誰か彼かが今も、
定期的に参拝してくれているのは感じられた。


私が持ってくる色菊と違って、
今、お墓を彩っているのは薔薇の花とカスミソウ。


まだ生けられて時間がたってないのか、
十分綺麗な花を取り出して水を入れ替えると
その花の枯れかけた部分だけ掃除して自分の花と一緒に花筒へと戻した。


お墓の周囲は私が掃除することないくらいに、
草も抜かれていて、墓石を軽く抜き上げるだけで終わった。


準備が終わったら、墓石の前に座って
ゆっくりと手を合わせる。





GWに大好きなバンドに逢いに行けたこと。
最近、唯香の付き合いが悪くなったこと。

もっと社会人は学生時代に比べて、
自由だと思ってたこと。

そして……櫻柳会長の目に留まって、
展覧会に絵を出せることになったこと。


だけど……イーゼルに乗せたキャンパスは、
今も白紙のままだと言うこと。




そんな報告をつらつらと心の中で呟いて、
私はゆっくりと立ち上がった。






また来るね。
お姉ちゃん。





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