グレープフルーツを食べなさい
「あ……」

 私が歩く数メートル先に、紺色の傘を差して歩く背の高い後姿を見つけた。

 広い肩、少しくせのある髪、傘を持つ大きな手。

 一度は近付いたこの距離を、遠ざけたのは私自身だ。私が一番近くにいるのだと、根拠もないのに自惚れていた。

 一度開いてしまった距離はたぶんもう、縮まらない。

 上村に追いついてしまわないように、私は歩くスピードを少し落した。




「三谷さん、今週の仕事の打ち合わせしたいんだけど、今時間いい?」

 オフィスに着き、パソコンを立ち上げた早々、岩井田さんに声を掛けられた。

「はい、大丈夫です」

「ここだと落ち着かないから、ちょっと出ようか」

「……わかりました」

 岩井田さんが場所を変えて話をするなんて、珍しいことだった。彼と組んで三ヶ月近く経つけど、そんなこと今までに一度もない。

 また独立の話だろうか。……ひょっとして、岩井田さん焦ってる?

 とりあえずデスクの引き出しから手帳を取り出して、先にオアシス部を出た岩井田さんの後を追った。


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