グレープフルーツを食べなさい
 鋭い視線とはうらはらに、上村は口元だけで笑みを作る。

「……そういう問題じゃないでしょう?」

「とにかく、このことは二人だけの秘密ですよ。誰かに知れたら面倒だもんね」

 言葉は優しげなのに、上村の声は実に冷たく脳裏に響く。酔いで淀んでいた思考も、少しずつクリアになっていく。

「また来ますよ。まあ、そのうちに」

 開いたドアの隙間から外の空気が入り込み、怒りで上気した私の頬を撫でる。先ほどよりも冷たくなった夜気に思わず自分の肩を抱いた。

「それじゃあ、また会社でね、三谷先輩」

 上村の広い背中が無機質な壁のように視界を塞ぐ。

 僅かに私を振り返った上村の横顔に廊下の白っぽい蛍光灯の光が当たり、彼はまた笑っているんだと気がついた。

 一瞬見せた笑みの冷たさに、頭が真っ白になる。

 目の前でゆっくりとドアが動き、漏れる光の幅が徐々に狭まっていく。

 そうして私は、一人暗闇の中に取り残された。

 疲労が体を埋め尽くし、もう一ミリも動けなかった。


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