誇り高き

隊士

サッ

「近藤さん連れて来ました」

「トシ、どうした?」

近藤さん。
かなり厳つい人。
どうやったらあんなに顎が大きくなるのかと、紅河は無表情の下で考えていた。

「ふむ、その女子は誰だね?」

「………」

紅河は近藤を見据えたまま、何も言わない

「…?」

「近藤さんを無視するとは、良い度胸ですね。…蜻蛉さん」

「こ、この子が…蜻蛉⁈」

ドサドサドサッ

沖田の言葉に、驚いた近藤と戸の外からも、物音が聞こえた。

土方は肩を竦めて、沖田に目配せする。

スパンッ

勢いよく戸を開けると、三人の男が尻餅をついていた。

「……あ」

「盗み聞きして、更に逃げようとは…貴方たち、覚悟は良いですか?」

チャキ

「待て、総司早まるなっ」

「盗み聞きは悪かったからよ」

「頼むから、刀を収めてくれ」

「はぁ…。総司、その位にしといてやれ。お前らも、取り敢えず中に入れ」

「「「流石土方さん。話が早いぜ!」」」

先程の怯えた様子は何処へやら。
嬉々とした様子ではいってくる。

「トシ、その子は本当に蜻蛉なのか?」

「あぁ」

「「「えぇぇぇぇー⁈蜻蛉って女子だったの⁈」

「うるせぇっ」

タッタッタッタッ

スパンッ

「土方君、どうしました?」
「何か、大きな声が聞えましたが?」

姿を現したのは、二人の男。

土方は頭が痛いと言うように、頭をおさえる。

「山南さん、斎藤。話すから中に入ってくれ」

近藤一人を呼んだはずが、どんどん人数が増えている。

元凶は、盗み聞きをした三馬鹿だ。

ったく、何でこんな事になりやがった。

己の計画通りにいかず、苛々とする土方。

山崎は呆れた顔をしている。

壬生浪士組は、馬鹿が多い。
紅河は一つ学習した。

「いいか?取り敢えず静かに聞いてくれ」

これ以上人が増えないように、土方は釘を刺す。

刺したところが、糠で無ければいいのだがと、紅河は心の中で嘲笑した。

「こいつは本物の蜻蛉だ。名は紅河だ」

「待て、トシ。彼女が本当に蜻蛉ならば、私は彼女を…」

斬らなければいけない…。

「大丈夫だ。こいつは敵じゃねぇ」

「何を言ってるんです?土方君。その子は、隊士を斬ったんですよ」

怪訝そうに言う山南。

それもそうだろう。

まさか、私が殺した隊士が間者だったとは思うまい。

「そうだ。俺の隊の隊士を殺されたんだ」

私を憎々しく睨むのは、盗み聴きをしていた一人。

私はただ肩を竦めて見せる。

「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ‼︎」

どうやら怒らしてしまったようだ。

私に掴みかからんばかりの勢いで、私を睨んでいる。

「永倉、落ち着け」

土方の言葉に渋々引き下がる。

彼、永倉って言うんだ。

馬鹿じゃ無さそうだけど。
仲間を大事にしてる人なんだろうね。

ここは、恵まれている。
こんなにも仲間を思いやっている。
人斬り集団でも、情はあるらしい。

紅河は、胸の中でクックと笑った。

「永倉、お前の隊の隊士は長州の間者だった。紅河が殺さなければ、情報が漏れていた」

「……気付かなかった」

永倉は呆然と呟く。

山崎はそれを見て、励ますように言った。

「まぁ、相手は忍やったさかい、しょうないですわ」

「……だが」

「忍は任務が失敗した時点で、残る道は死のみ。命懸けでっやっている。忍でもない者は、気付けないはずだ」

何処から出したのか、扇を広げぱたぱたと扇ぎながら紅河は言う。

永倉はその顔を穴があくほど見つめた。

「まさかお前、俺を慰めてるのか…?」

「何故、お前を慰めなければならない。
私は事実を言ったまで」

「…………」

永倉は黙り込む。

紅河が言外に、お前ごときには見破られないと言っていたのを感じ取ったのだ。

「そう言うことで、こいつは敵じゃねぇと判断した。ここまでで何かある奴はいるか?」

全員首を横に振る。

「よし。それで近藤さんを呼んだのは、こいつを隊士にするかどうか相談するためだ」

土方の言葉に皆がギョッとする。

「何故…彼女は女子だぞ…?」

「本人の希望だ」

「女子が駄目ならば、いくらでも男子に化けよう」

紅河は真っ直ぐ近藤の目を見て言った。

「だが……」

「わいは反対や」

しつこく紅河が隊士になるのを反対する山崎。

「くどい」

紅河は短く吐き捨てる。

「何遍でも言ったるわ。お前は隊士になったらあかん」

山崎の目には強い光が宿っている。
絶対に引かない目だった。

それを感じ取ったのか、紅河は僅かに身を引く。

だが、彼女も気までは引くつもりは無いようだ。

「ならば山崎、勝負をしないか?私が勝てば、山崎は隊士を反対するのを辞める。山崎が勝てば、私はここを出て行こう」

「………わかった。副長、道場を借りてもええですか?」

「構わん。俺たちも見ていいか?」

「わいは構わへん」

「身の保証はしない。それでもいいならば、好きなようにしろ」

「お前も、あまり俺たちを舐めるな。…道場に行くぞ」

紅河は仄かに微笑った。

山崎がただ一人、その微笑みを見つめていた。
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