男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
そんな本条課長は…180cmくらいありそうな長身で、色白かつ卵型の"塩系男子の顔"には、各パーツがバランス良く並んでいる。
清潔感ある黒髪のアップバングヘアは、より一層彼の顔を綺麗に見せる。

顔だけを見れば、誰もが“王子系のイケメン”と決まって言う。

ただ――。

【性格に難ありすぎる。】
【冷たい物言いが怖い。】
【仕事に対して高望みをする。】
【頭が良すぎて、逆に何を考えてるか分からない。】
【言い寄ってくる女に淡白。】

こうした意見も、途切れることがない――。

確かに。本条課長は仕事に対しては…とても厳しい。他人に厳しく、自分にも厳しい。妥協をしない性格なのだ。しかし、課長も鬼ではない。

引き継ぎ期間に感じたのは、【SOSを出せばちゃんとフォローを入れてくれる】ということ。
そして、【本当に覚えようとしているか、仕事に誠実で丁寧かどうかを彼は…こちらが思っている以上に見ている】ということだ。

"何が分からないのか自分でも分かっていない"時には「分からない。」と、それだけでも伝えると…【問題点の洗い出し】も一緒にやってくれるし、分からないところは丁寧に教えてくれる。
逆を言えば、「分からない。」と、ちゃんと言えるかどうかも…彼はしっかり見ているのである。


じゃあ、彼のマイナスイメージは誰が言っているのか――。


“職場に、過度な色恋沙汰を持ち込み…相手にされなかった女性社員”

“本条課長を蹴落としたい、彼より年上の平社員や中間管理職の男性社員”

“その他の意欲のない人、彼や会社の方針についていけないけど…生活のためにこの会社に居る人”

――このあたりの人間だと思う。


こんな人たち相手には、“冷たい物言いの自分”や“女に淡白な自分”を演じていた方が楽なんだろうな…。

私と同じように……。

本条課長とは、そういう人だ。
だから、堤課長もあんな風に言ってるんだと思う。

「…っ!あの〔BMW〕…本条課長のだったんですね。」

あっ。私、今勢いで「運転させて下さい。」って言っちゃいそうだった。
"男性と車内で2人っきり"なんて状況、まだ怖いから絶対に言えるわけないのに…。

「あっ…でも、姫野さん。昴に〔BM〕の話はあまりさせない方が…。」

「蛍、うるさい。…悪い、話を途中で遮って。俺の〔BM〕に…何か【思うところ】があったか?」

えっと。なんて言えば…。
「運転させて下さい。」なんて言えないけど、ここで会話切ったら変だし…。

「いえ、ただメンテナンスをしっかりされてるなと思って。とても大切にされているのが、伝わってきました。良い相棒(パートナー)ですね。」

"運転したい!"という気持ちは誤魔化したかったけど…
これはこれで、本心から出た言葉だ。

「…っ!まさか姫野さんの目に、そんな風に映っていたとは思ってなかった…ありがとう。」

えっ、本条課長…顔赤い? もしかして、照れたの?

それに、鳴海部長の…あの"満面の笑み"は何?

「姫野さん、やりますね…。ますます昴が“素”を出すなんて…。【指定された時間より早く来て準備する】、【よく周りが見えてる】……これは先輩も昴も欲しがるわけだ。」

「…だな、(しゅう)。」

「2人とも、そろそろ黙れよー。」

とっても爽やかな笑顔で、穏やかじゃないこと言ってますよ。課長。

「僕と昴が、人選間違えるわけないでしょ。あの、“バカな剛兄さん”の相手を4年もしてくれてた人だよ。時間にルーズなわけがないし…。それに、人一倍周りが見えてなきゃ大きな案件のいくつかは棒に振ってるよ。まぁ、兄さんのおかげで先方の不正が発覚したこともあって、逆に感謝されたこともあるけどね…。」

「ありましたねー。そんなことも。」

「あっ。そうだ、姫野さん。」

「何でしょうか?部長。」

「先に教えといてあげる。朝礼終わったら、昴からのちょっとして洗礼を受けることになるから、そのつもりでいた方が良いかも。」

…えっ、洗礼? 何それ。

「洗礼ですか…?」

「うん。……それから、ちょっと見ておいてほしいものがあるんだけど…。」

"【見ておいてほしいもの】?…なんだろう?"なんて思いながら鳴海部長がペンを置くのを待った。

「何でしょう?」


―〔BM〕、好きなの?
なんか嬉しそうだからさ。
【乗せてほしい】の?
それか、もしくは【運転したい】とか?―


部長から渡されたメモには、男性っぽくない綺麗な字が並んでいた。

あはは。私の心境…バレてる。
部長のさっきの"笑み"はこれか…。

渡されたメモをひっくり返して、返事を書いた。

―実は、私ずっと〔BM〕が"本命なんです。
でも、まだちょっと手が出なくて…。泣
"憧れの車"なので、オーナーが判明して
興奮しちゃいました!!笑
実は運転してみたいんです。―

―なるほどね!
ごめんね、俺の興味本位で聞いただけだから
気にしないで。
それ以外に他意は無いし、昴にも…誰にも言わないから。―


部長がニコリと微笑んだ。

あー。この人にはきっと"噓"は通じない…というか、"噓が付けなくなる"感じだなー。

鳴海部長とメモでこんな会話をする中、本条課長は初期化のエラーが起きていないか画面を見ていて、私と部長の会話に気づく様子は全く無い。

そして、朝日奈課長は本条課長にこんな風に言い放って、新たな会話が始まっていた。

「えー。懲りずにまたやんの?"アレ"。新人で女の子来た年、絶対1人は泣かしてるじゃん。お前。やめてあげたらいいのに…。だから『冷徹人間』なんて揶揄(やゆ)されるんじゃねーの?」

"えっ、女の子を泣かしてる?何やらされるの?"と、ちょっと焦ったところで…本条課長が穏やかに言う。

「いや、姫野さんには大したことじゃないと思う。あなたには、きっと洗礼にすらならない。……だいたい。あれぐらいで音を上げてたら、どこの企業へ行っても長続きしねぇよ。その証拠に。当の本人は、うちの会社にもう居ないし。『冷徹人間』ねぇ…。まぁ、言いたい奴には言わせとけよ。」

「あれは女子側が勝手に泣いてるだけでしょ。配属が複数居たら…絶対に1人は“俺たちの顔見るために会社に来てるような子”だしねー。僕は助かってるけど、昴がお灸据えてくれてるんだから。2人もさ、昴が渡してた量が過度だったわけじゃないのは見てるでしょ。」

「確かに、無理な量じゃないですね。」

鳴海部長の言葉に、朝日奈課長も堤課長も同意する。

あー。4人の会話から、何となく話が読めたかも。
事務処理かなんかで私の力量を測りたいのね。

「そういうことですか、やっぱり。明らかに度を越す量じゃなければ、大抵の事務処理は普通にできます。【文書作成ソフト】も【表計算ソフト】も使えますから。」

「えっ、話見えてる…。」

「はは、頼もしいな。じゃあ期待するとしよう、姫野さん。……当然だろ、蛍。彼女は秘書だったんだから。状況の先読みなんて日常的にやってるさ。じゃなきゃ秘書は務まらないだろ、特に常務の秘書はな。」

「ククッ!昴に啖呵(たんか)切るなんて最高だね、姫野さん。そのストイックさ、うちの部署でやっていくには必要なスキルだ。期待してるからね!」

「はい。」

こんな風に談笑しながら、5人でPCの初期化(リカバリー)作業の終了と他の人の出勤を待った。
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