男嫌いな“淑女(レディ)”の口説き方
11th Data 備えあれば憂いなし ◇雅 side◇
「さて、姫野さん。ここに居ることに今も【不安感】はあるか?…来た時と比べてどうだ?」
…ハッ!嘘!?
不安なんて忘れるほど喋ってたけど、もしかして"あえて"会話に気持ちが向くようにしてくれたんですか!?
そういえば。さっきから、課長の口から【マイナスの言葉】を聞いてない。
本条課長――。
「いいえ。良い意味で、課長の話術に落とされたので…不安だったことすら忘れてました。」
「そうか、食事も会話の合間にちゃんと進んでたし良かったよ。午後からも【今の表情】のまま過ごせるようにしようか。…すごく良い顔してるぞ。」
「美人に拍車がかかってるね、姫野さん。」
「姫野さん、あなたの笑顔…お手本にしたいわ。とっても素敵よ。」
「やっぱり、笑顔の姫ちゃんは最高に美人だね!私もやる気出てきちゃった!」
みんな口々にそう言うから、"そんなに笑ってるのかな?"と考えた。
すると柚ちゃんが、「信用してないなぁ?」とでも言いたげに、すかさず自分の鏡を出してきて私の顔を映した。
“鏡の中の私”は、自分でも驚くほど…ここ最近の中で一番自然に笑っていた――。
**
「俺、再来週の水曜なら空いてます。」
「俺は再来週だったら、両日とも空いてますよ。」
午後の業務は〔部長室〕の隣のミーティングルームにて、[新宿南総合病院]の訪問日の相談することから始まる。
「俺も、再来週の水曜なら行けそうだ。…なら、再来週の水曜日にしよう。」
観月くんと桜葉くんの言葉に、本条課長もすぐに予定を確認して空いていることが分かると…その場で予定を入れていた。
「じゃあ、僕と“雅姉さん”の【外回りデビュー】は再来週の水曜日ですね。」
「そういうことになるな、津田。当日までにやっておかなきゃならないことも結構あるから、先輩たち2人にしっかり教えてもらっておけよ。……もちろん、姫野さんもだ。」
「はい!」
私と津田くんがしっかり返事すると、課長は嬉しそうに口角を上げていた。
「フロアに戻ったら、メンテナンス作業中によく飛び交う用語の一覧を渡すから、訪問日までに頭に入れておくように。…以上だ、フロアへ戻ってくれ。」
私も観月くんたちに続き、ミーティングルームを出ようとしたところを課長に静かに呼び止められる。
「姫野さん。あなたの初めての営業先は、うちの病院が良いだろうと考えていた。しかし、実際に依頼がタイミングよく来るかどうかは微妙な線だった。……だが、ちょうど来たから幸いだったな。本当に初めて行く営業先より安心だろうから。」
もう、この人は本当に優しすぎる…。
こんなに優しいあなたが、「冷徹人間。」とか言われていると、複雑な気持ちになります……。
「課長、本当にありがとうございます。いろいろ…至れり尽くせりで。……でも、私にだけじゃありませんか?」
「そんなことはない、みんな初回は緊張が解けそうな所へ行かせるようにするよ。他社の人間を相手にするのが少々苦手だという人には、うちの【直営店】にPCのパーツを届けに行ってもらいつつ、販売員と個人のお客様のやり取りを見てもらって…"自分が部品を届けることで喜んでくれる人が居る"、"『修理したいのにパーツが売ってない。』と、困る人が減る"と営業に自信が持てるようにしてやる。…そうすることで2度目以降の外回りのモチベーションが上がるだろ?」
「そうですね。」
「部下をやる気にさせることと、理不尽な客や取引先の重役とか社員から部下を守るのが…俺と部長の仕事だ。……姫野さん。俺は必要な配慮はするが、下手な特別扱いはしないよ。」
この人の言葉に嘘はない。
皆さんが通った道だというなら、そうなのだろう。
〈PTSD〉のこともあって過剰な心配と配慮をされたのかと思ったけど、そうじゃないみたい…よかった。
「安心したか?」
「はい。」
「よし。じゃあ、戻ろう。」
こうして私たちはフロアに戻り、午後の業務を捌いていった。
**
そして、その流れは…翌日も変わることなく続いて――。
"今日はこのあと受診だから残業できないしね。優先順位、いつも以上に考えなくちゃ…。"と思いながら、業務をこなしていき気がついたら……午後5時を回っていた。
「…あっ。“雅姉さん”、お帰りですね。お疲れ様でした。今から病院って言ってましたもんね。」
私がPCの電源を落とし席を立とうとした時、隣から観月くんに声を潜めて話かけられる。
「行ってらしゃい、“姉さん”。お疲れ様でした。また明日。」
「えっ、“姉さん”。実は体調悪かったんですか?」
観月くんに合わせて、桜葉くんと津田くんも小声で喋ってくれる。
「違うわ、津田くん。定期検診だから大丈夫、心配ご無用よ。」
津田くんに小声でそう答えたあと、私は皆さんに声を掛けた。
「本条課長、速水主任、先輩方。本日はこのあと予定がありますので、お先に失礼致します。」
「お疲れ様でした。」
皆さんの声がチラホラと返ってくる。
「お疲れ様。気をつけて帰りなさい。」
最後に、本条課長が「お疲れ様。気をつけて帰りなさい。」と言ってくれたのをしっかり聞いて、私は白石先生と本条先生の元へ向かった。
**
「姫野さん、姫野 雅さん。どうぞ。」
呼吸器内科の外来で私を呼んでくれたのは、いつも通り…看護師長さんだ。
彼女は、私に敵意を剥き出しになることは無いので“安心できる看護師さん”である。
他の若い看護師さん相手には…こうはいかない。
会社に居る時同様、私は女性陣の【嫉妬の対象】になるのである。
本条先生がイケメンでファンが多いから…。
10分ぐらいしか待ってないけど、落ち着かない…。
相変わらず、本条先生に好意がある看護師さんや女医さんの視線が怖い。
診察室の引き戸が、師長さんの手によって開けられると本条先生の笑顔と対面し、ホッとする。
「申し訳ありません、お待たせしました、姫野さん。」
「ふぅ〜。…あっ、失礼しました。」
「うちの女医や看護師の視線…気になりましたか?もしかして…。」
本当に先生たちは…よく見てる。
「はい。実は…。」
「本当に、毎度毎度ごめんなさいね…姫野さん。また注意しておきます。」
師長さんは、本当に申し訳ないという感情を顔に出して何度も謝ってくれる。
「いえ、師長さん。私が気にしなければいいだけなんですけど…ごめんなさい。」
「いや、気にしない方が難しいですよ。…僕自身も気になるぐらいですから。姫野さんのような繊細な方なら、なおさら気になるでしょう。僕からも注意しておきます。……さて。それじゃ、30秒間目を閉じて息を整えるように呼吸をしましょう。それから聴診します。」
スゥー、ハァー……。
「はい、そう…。肩の力を抜いて…。整ってきましたね。じゃあ。少し聴診器だけ失礼するので、ちょっと服上げて下さい。……あっ!音キレイですね。顔色も良いですし、この感じだと…おそらくここ3日間ぐらいは発作起きてないですね?」
「はい。全く起きてないです。」
「ここ最近、変わったことは…あっ!部署異動があったんでしたね。昨日は丁寧な電話対応ありがとうございました。」
…ハッ!嘘!?
不安なんて忘れるほど喋ってたけど、もしかして"あえて"会話に気持ちが向くようにしてくれたんですか!?
そういえば。さっきから、課長の口から【マイナスの言葉】を聞いてない。
本条課長――。
「いいえ。良い意味で、課長の話術に落とされたので…不安だったことすら忘れてました。」
「そうか、食事も会話の合間にちゃんと進んでたし良かったよ。午後からも【今の表情】のまま過ごせるようにしようか。…すごく良い顔してるぞ。」
「美人に拍車がかかってるね、姫野さん。」
「姫野さん、あなたの笑顔…お手本にしたいわ。とっても素敵よ。」
「やっぱり、笑顔の姫ちゃんは最高に美人だね!私もやる気出てきちゃった!」
みんな口々にそう言うから、"そんなに笑ってるのかな?"と考えた。
すると柚ちゃんが、「信用してないなぁ?」とでも言いたげに、すかさず自分の鏡を出してきて私の顔を映した。
“鏡の中の私”は、自分でも驚くほど…ここ最近の中で一番自然に笑っていた――。
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「俺、再来週の水曜なら空いてます。」
「俺は再来週だったら、両日とも空いてますよ。」
午後の業務は〔部長室〕の隣のミーティングルームにて、[新宿南総合病院]の訪問日の相談することから始まる。
「俺も、再来週の水曜なら行けそうだ。…なら、再来週の水曜日にしよう。」
観月くんと桜葉くんの言葉に、本条課長もすぐに予定を確認して空いていることが分かると…その場で予定を入れていた。
「じゃあ、僕と“雅姉さん”の【外回りデビュー】は再来週の水曜日ですね。」
「そういうことになるな、津田。当日までにやっておかなきゃならないことも結構あるから、先輩たち2人にしっかり教えてもらっておけよ。……もちろん、姫野さんもだ。」
「はい!」
私と津田くんがしっかり返事すると、課長は嬉しそうに口角を上げていた。
「フロアに戻ったら、メンテナンス作業中によく飛び交う用語の一覧を渡すから、訪問日までに頭に入れておくように。…以上だ、フロアへ戻ってくれ。」
私も観月くんたちに続き、ミーティングルームを出ようとしたところを課長に静かに呼び止められる。
「姫野さん。あなたの初めての営業先は、うちの病院が良いだろうと考えていた。しかし、実際に依頼がタイミングよく来るかどうかは微妙な線だった。……だが、ちょうど来たから幸いだったな。本当に初めて行く営業先より安心だろうから。」
もう、この人は本当に優しすぎる…。
こんなに優しいあなたが、「冷徹人間。」とか言われていると、複雑な気持ちになります……。
「課長、本当にありがとうございます。いろいろ…至れり尽くせりで。……でも、私にだけじゃありませんか?」
「そんなことはない、みんな初回は緊張が解けそうな所へ行かせるようにするよ。他社の人間を相手にするのが少々苦手だという人には、うちの【直営店】にPCのパーツを届けに行ってもらいつつ、販売員と個人のお客様のやり取りを見てもらって…"自分が部品を届けることで喜んでくれる人が居る"、"『修理したいのにパーツが売ってない。』と、困る人が減る"と営業に自信が持てるようにしてやる。…そうすることで2度目以降の外回りのモチベーションが上がるだろ?」
「そうですね。」
「部下をやる気にさせることと、理不尽な客や取引先の重役とか社員から部下を守るのが…俺と部長の仕事だ。……姫野さん。俺は必要な配慮はするが、下手な特別扱いはしないよ。」
この人の言葉に嘘はない。
皆さんが通った道だというなら、そうなのだろう。
〈PTSD〉のこともあって過剰な心配と配慮をされたのかと思ったけど、そうじゃないみたい…よかった。
「安心したか?」
「はい。」
「よし。じゃあ、戻ろう。」
こうして私たちはフロアに戻り、午後の業務を捌いていった。
**
そして、その流れは…翌日も変わることなく続いて――。
"今日はこのあと受診だから残業できないしね。優先順位、いつも以上に考えなくちゃ…。"と思いながら、業務をこなしていき気がついたら……午後5時を回っていた。
「…あっ。“雅姉さん”、お帰りですね。お疲れ様でした。今から病院って言ってましたもんね。」
私がPCの電源を落とし席を立とうとした時、隣から観月くんに声を潜めて話かけられる。
「行ってらしゃい、“姉さん”。お疲れ様でした。また明日。」
「えっ、“姉さん”。実は体調悪かったんですか?」
観月くんに合わせて、桜葉くんと津田くんも小声で喋ってくれる。
「違うわ、津田くん。定期検診だから大丈夫、心配ご無用よ。」
津田くんに小声でそう答えたあと、私は皆さんに声を掛けた。
「本条課長、速水主任、先輩方。本日はこのあと予定がありますので、お先に失礼致します。」
「お疲れ様でした。」
皆さんの声がチラホラと返ってくる。
「お疲れ様。気をつけて帰りなさい。」
最後に、本条課長が「お疲れ様。気をつけて帰りなさい。」と言ってくれたのをしっかり聞いて、私は白石先生と本条先生の元へ向かった。
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「姫野さん、姫野 雅さん。どうぞ。」
呼吸器内科の外来で私を呼んでくれたのは、いつも通り…看護師長さんだ。
彼女は、私に敵意を剥き出しになることは無いので“安心できる看護師さん”である。
他の若い看護師さん相手には…こうはいかない。
会社に居る時同様、私は女性陣の【嫉妬の対象】になるのである。
本条先生がイケメンでファンが多いから…。
10分ぐらいしか待ってないけど、落ち着かない…。
相変わらず、本条先生に好意がある看護師さんや女医さんの視線が怖い。
診察室の引き戸が、師長さんの手によって開けられると本条先生の笑顔と対面し、ホッとする。
「申し訳ありません、お待たせしました、姫野さん。」
「ふぅ〜。…あっ、失礼しました。」
「うちの女医や看護師の視線…気になりましたか?もしかして…。」
本当に先生たちは…よく見てる。
「はい。実は…。」
「本当に、毎度毎度ごめんなさいね…姫野さん。また注意しておきます。」
師長さんは、本当に申し訳ないという感情を顔に出して何度も謝ってくれる。
「いえ、師長さん。私が気にしなければいいだけなんですけど…ごめんなさい。」
「いや、気にしない方が難しいですよ。…僕自身も気になるぐらいですから。姫野さんのような繊細な方なら、なおさら気になるでしょう。僕からも注意しておきます。……さて。それじゃ、30秒間目を閉じて息を整えるように呼吸をしましょう。それから聴診します。」
スゥー、ハァー……。
「はい、そう…。肩の力を抜いて…。整ってきましたね。じゃあ。少し聴診器だけ失礼するので、ちょっと服上げて下さい。……あっ!音キレイですね。顔色も良いですし、この感じだと…おそらくここ3日間ぐらいは発作起きてないですね?」
「はい。全く起きてないです。」
「ここ最近、変わったことは…あっ!部署異動があったんでしたね。昨日は丁寧な電話対応ありがとうございました。」