キスはワインセラーに隠れて


私が腕組みをしてううんと唸っていると、静かな声で本田が聞く。


「……環だったら、どーする?」

「俺……? 俺は、あんま恋愛とかは……」

「でも、一人か二人はいたろ? 今まで付き合ったやつ」


……うん。いた。ひとり。
すぐにだめになったけど。

過去に一度だけ付き合ったことのある男のことを思い出し、苦い気持ちになった私はうつむいた。

そんな私に気づいたらしい本田は、こちらの機嫌をうかがうように言う。


「あ、わり。あんま触れて欲しくなかった?」

「……いや、そんなんじゃねーけど。最低なヤツだったから、思い出してむかついただけ」


そう言ってふうっと息を吐き出すと、笑顔を作って本田の肩を叩いた。


「本田はイイ奴だから、イイ恋愛ができるよ。その彼女に電話して、一度デートしてみればいいんじゃないかな?」

「……だよな。知らないままじゃ前にも後ろにもすすめねーもんな」

「そうそう!」

「サンキュ、環」


目を細めてそう言った本田を見て思う。

本田みたいなイイ奴が初めての彼氏で、初めての相手だったなら、私だってもう少し恋愛を“楽しい”と感じられたかもしれないのにな。


……初体験が“アレ”だもん。


このまま男っぽい自分を変えることなく、恋愛以外のことに打ち込む人生にした方が、きっと楽しく生きられる。

いつからかそう思うようにしたらかなり気が楽になったから、私はこれでいいんだ。


“恋愛禁止”のこのお店で、好きな仕事をやれるだけで幸せ――。


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