「え。課長いないの?」


コンプライアンス研修当日。

会議室内に飛び込んできた広本さんの第一声がそれだった。

開始時刻間際のためか、外出先から秘書課執務室に戻らず、直接こちらに赴いたらしい。

一部の隙もない麗しいスーツ姿に、大きなバッグを肩にかけている。

口の字型に並べられた机の周りには、すでに他の秘書さん達が着席し、アンケート用紙を一枚ずつ取っては隣の人に回していた。


視聴覚機材の操作をしていた私は、反射的に顔を上げる。

やはり、まずかっただろうか。課長が電話番など。


「後で一人で見たいらしいですよ。偏屈ジジイですかね、あの人は」

「小林はまだまだ甘いね。サボるつもりに決まってるでしょ、あの親父は」


小林さんが辛辣なことを言い、次いで広本さんが毒づき、くすくすと忍び笑いが会議室中に伝染していく。

再生ボタンを一つ押せば、研修は始められるのだが、今それをしていいものやら。

困っていると、広本さんが「ごめんね、沢渡さん。早く済ませちゃいましょ」と促す。

この作品のキーワード
大人の恋  オフィスラブ  上司  地味OL  年の差  過去  切ない  シリアス  推理  秘密 

感想ノートに書き込むためには会員登録及びログインが必要です。