キミとの距離は1センチ
「特別、用事ってわけでもないんだけどね。……今日のデート、忘れないでねって、言いに来ただけ」



言い終わってからだを起こした宇野さんが、ふわりと微笑む。

思わず不満げにくちびるをとがらせて、その顔を見上げた。



「もう。宇野さん、わたしそんな忘れっぽくないですよ? ちゃんと覚えてますー」

「はは、ならよかった。それじゃあ、また後でね」

「はい。また後で」



ちら、とまた伊瀬に視線を送ってから、宇野さんは去って行く。

ふと伊瀬の方へ顔を向けてみると、彼は何の感情も見えない無表情で、宇野さんの背中を見送っていた。

そこでぱちりと、目が合う。



「……なに?」

「え、あ、ううん。なんでも」

「ふぅん」



一瞬、そう答えた彼の声が冷たく聞こえてしまったのは、わたしの気のせいだろうか。

心の中の小さなもやもやは、片隅に追いやって。

わたしは伊瀬の後に続き、オフィスのドアをくぐり抜けた。
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