沈丁花が香る空気を吸い込み、見頃を迎えた桜の花を見上げる。
 私は花々が美しい季節を喜んでいた。

 真新しい制服を身につけて、浮つくこの気持ちにお誂え向きの陽気。
 セーラー服のリボンを揺らす風が心地好い。

 新品の教科書を詰め込んで重たいカバンを持ち直して、桜並木の美しい家路を急ぐ。


「うわっ、おまえちゃんと押えとけよな」

「だって、こいつ暴れるんだもん」


 不意に聞こえた子供の不穏な言葉。
 それに周囲を見回すと、道端で黒いランドセルを背負った二人しゃがみ込んでいた。

 あんな所で何をしているんだろ?

 不思議に思って見ていると、一人がハサミをちらつかせて、一人が首輪のない黒い仔猫を押えつけていた。


「何やってるの!」


 二人がいったい何をしようとしているのか。
 合点がいってしまった私は、制止するつもりで声をかける。
 そしたら、やっぱり悪さをしようとしていたんだろう。
 互いに目配せをして何事かを囁き合うと、きゃあきゃあ言いながら逃げて行ってしまった。


「もうっ……!」


 別に追いかけてまで叱るつもりはなく、後ろ姿を見送ると解放されたはずの仔猫を探す。

 桜の木の下を真っ直ぐに走りぬける、綺麗な黒の毛並。
 私が見守る先で、仔猫は生垣の下に隠れた。


「猫ちゃ〜ん、大丈夫?」


 しゃがみ込んだ生垣の暗がりに、二揃いの目が光る。
 愛らしい姿に自然と笑みがこぼれて、にゃあと鳴いた。
 元気そうな声に安心して、私は仔猫に背を向ける。


「じゃあね、バイバイ。今度は捕まらないように気をつけてね」


 仔猫に手を振って、私は家路に戻る。

 桜の枝越しに見える空が明るくて、時折吹く風に花弁が舞う。
 紺地の制服に花びらが振って、模様を増やす。
 時折それを払っては、桜に心を奪われながら歩く。

 この遊歩道は駅側の入り口が階段になっているから、車は疎か自転車もほとんど通らない。
 だから安心して、桜に心を奪われることが出来る。

 空の蒼に桜のピンクがとっても綺麗。


「あのっ、すみません!」


 空を仰いで見とれていた私に、足音が駆けてきて声がかかる。

 声に振り返ると、見たことのない少年が立っていた。

 けれど私は人が走ってくる足音に気がつき、桜から目をそらした。
 その途端に足音が立ち止まり、私を呼び止めた。


「あのっ! さっき、猫を助けてくれましたよね? あれ、俺の猫なんです。助けてくれて、ありがとう!」


 少年は息を切らして顔を赤く染め、両手を握り締め私を見ていた。

 助けたというほどのことはしていない。

 それでも、助けたことにはなるのかな?

 その仔猫の飼い主を名乗る少年は、私に感謝を叫ぶ。


「え、いや……どういたしまして?」


 あまりにも突然な出来事に、私は途惑ってしまう。