私が仔猫を助けたのを知ってるってことは、私が助けるところを見ていたっていうこと。
仔猫を助けたところから見てたってことは、私が一人で仔猫に向かって笑いかけたり話かけてる所も見られてたってことで……
恥ずかしくて頬が熱くなる。
「学校帰りですか?」
「そう、だけど……」
私に向かって一歩踏み出す少年に、私は軽く身を引きながら頷く。
「カバン、持ちます! 送ります!」
「え? いいって」
「いいえ、持ちます。お礼させてください!」
両手を突き出し詰め寄ってくる少年からカバンを逃がそうとするも、強引に奪われてしまった。
「さ、行きましょう」
新手の強盗か。
そう思うぐらい強引なのに、少年の笑顔は人懐っこくて警戒心が薄れてしまいそうになる。
私は少年に促されるまま、道を歩き出す。
「お名前、聞いてもいいですか?」
カバンを人質に取った少年が、私の顔を覗き込んでくる。
年下とはいえ異性。
真っ直ぐに見つめられることに照れながら、視線を反らして答えた。
「北瀬、文香……キミは?」
人に名前を訪ねるなら、自分も名乗るべきだろう。
そう思いながら聞き返すと、なぜか酷く驚かれた。
「えっ、お、俺の名前ですか?」
大袈裟に仰け反る少年の驚きように、こっちまで驚いてしまう。
空を仰いだかと思えば顔を伏して、また顔を上げれば困ったように辺りを見回す。
髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる挙動不審の末に、少年は観念したように指を伸ばした。
「アレ、です」
顔を伏せて指差した先にあるのは、桜の花。
「サクラ、くん……かな?」
「はい、そうです」
俯いて視線を合わせないようにする少年改めサクラくんに、思わず笑みがこぼれた。
なるほど。
そういうことね。
男の子なのにサクラなんて花の名前じゃ、恥ずかしくて挙動不審にもなる。
「そういえばさ」
名前の話題を引き延ばすのもかわいそうな気がして、仔猫を見たときから気になっていたことを切り出す。
「首輪つけてなかったけど、つけた方がいいんじゃないの?」
あの仔猫は首輪をつけていなかった。
サクラくんが現れなかったら、私は野良だと勘違いしただろう。
きっと、あの小学生は勘違いしてると思う。
「そうですか? でも、首輪って苦しそうで嫌なんですよね」
「まあ、確かに」
首輪をつけたまま捨てられた動物が成長して、小さいままの首輪が食い込む。
そんな話をテレビで見たことがあった。
「でもまあ、人間がマフラーとかチョーカーとかつけている程度かもしれないし、きつくないかマメにチェックしてあげたら?」
仔猫は体の成長も早いだろうけど、ちゃんと飼い主がサイズを調節してあげてれば大丈夫だろう。
「取れないギリギリまで緩めておくとか、迷子札代わりのアクセサリーも売ってるし。引っ張ったらすぐに外れる首輪もあるらしいよ」
祖母の家にいる、三毛猫のことを思い出す。
首輪が枝に引っ掛かって宙吊りになってしまい、救出した。
宙吊りになるところを目撃したからすぐ助けられたけど、気づかなかったら大変だ。
それで安全な首輪を買いに行くという祖母に付き添い、ペットショップに行った。
そこにあった品々を思い起こす。
「野良に間違えられると、危ないよ」
あの小学生も野良だと思ってハサミをちらつかせたのかもしれない。
野良だから虐めていいだなんて、そんな理屈はおかしい。
でも、飼い主がいないなら何をしても文句は言われない。
だから、なにしてもいい。
そういうネジ曲がった理屈の人だっている。
相手が間違ってるとはいえ、自衛するに越したことはないと思う。
「そうですか……出来れば、文香さんにはつけられたくないって思ったんですけど……そこまで言うなら、考えておきます」
サクラくんは、するりと首を撫でながら頷いた。
私にはつけられたくない?
その言葉が引っ掛かりながらも、私は聞き流した。