私を突き飛ばして、庇って、身代わりになってくれた人。
 心当たりなんて、一人しかいなかった。


「サクラくん……!」


 猫を助けてくれてありがとうって、お礼がしたいって言ったサクラくん。
 それがまさか、こんなことになるなんて……

 そんなつもりで助けた訳じゃなかった。


「サクラくん!」


 急ブレーキを踏んだ車の下に、血溜まりが出来ていた。

 運転手は放心して状況が把握出来ていないのか、微動だにしない。

 私の頭はサクラくんのことでいっぱいだった。

 運転手を無視して車体の下に手を伸ばす。

 血溜まりに這いつくばって、サクラくんを助け出そうとする。
 頬が血に触れて、真新しい制服が血を吸い込んだ。
 それに構わず手探りすると指先が何かに触れた。


「サクラくん、しっかりして……!」


 それをしっかりつかんで、車体の下から引っ張り出す。
 そこには、サクラくんがいるはずだった。

 なのに――私が助け出したのは、一匹の黒い仔猫だった。

 私の腕の中に、すっぽりと収まるその小さな体。
 その体から血が溢れて、水溜まりを作っていた。

 左の後ろ足が奇妙な方向にネジ曲がり、傷口から白い物が見えている。
 牙の間から舌が垂れ下がったり、つぶらな瞳は白く反転ししている。

 私はしっかりと、その仔猫の体をつかんでいた。

 慌てて地面に顔をつけて車の下を除き込んだけれど、そこにはもう誰もいない。
 どこかに弾き飛ばされたのかと見渡しても、同じこと。

 サクラくんが消えて、代わりに見るも無惨な仔猫の姿があった。

 ――私は、この仔猫に見覚えがある。

 小学生から助けた、あの黒い猫だ。
 サクラくんの仔猫……


「サクラくん?」


 私の背中を押したのは確かに人の手で、私の身代わりとなって轢かれたのはサクラくんのはずだった。

 なのにサクラくんはいなくて、代わりにこの黒い仔猫がいる。

 私は夢を見ているの?
 いったい何が起きているの?

 かわいそうな仔猫の姿にとめどなく涙が溢れて、でもはっきり理解していた。
 私はこれから何をすべきなのか。

 小さな体から、たくさんの血が流れている。
 腕のなかで、命の温もりが冷めていく。

 早く、行かなければ。

 私は仔猫を抱きかかえて、すっくと立ち上がった。