世界でいちばん、大キライ。
「〝お父さん〟はちゃんといました。そして、私のお父さんは、そのたったひとりだけ」

桃花はクマのチャームを拾い上げると、渾身の力で握り締めるようにしながら声を絞り出す。

「あなたは、私のお父さんなんかじゃない。そんなふうに思ったことなんか、一度もない」

自分の握り締めた手を見つめ、必死で桃花は考える。

(私の『好き(想い)』が届かないなら――)

久志へ印象付けるためのひとことを……。

「……大ッキライ!」

どんな手段ででも、久志の心に自分の存在を刻みつけたい。
そこまではまってしまっている理由なんて、言葉で言い表すことなんかできない。

それでも、心からそう思うその気持ちは勘違いでもなんでもないと思うから。

(私ばっかり、こんな気持ちになるなんて悔しいもん)

言い捨てるようにしたその言葉以降はなにも口にせず、すぐに久志に背を向けて足を踏み出した。

桃花がその場を勢いよく走り去っても、久志は少しも動かずにその場に立ち尽くしたまま。
後ろ姿が交差点を曲がって見えなくなっても、茫然としたように目の前の道を見つめるだけ。

「仕方……ねぇだろ……自信持てねぇんだよ」

苦しげな声で堪え切れずに吐露すると、久志は自分の心拍音が早まっているのに気付く。
そのまま近くの電柱に寄り掛かると、コン、と後頭部をぶつけるようにして目を瞑り、空を仰いだ。

(いつの間にか諦めるクセでもついてんのかな……)

仕事に関しても、麻美に対しても……桃花についても。
いつしか深追いする前に諦めるような現状の自分に気付いた久志は、目を静かに開けた。

(こうやって、何事も諦めたら面倒なこともないし、疲れずに済む……)

都合よく考えながら、何気なく唇を擦り合わせるように引き結んだ。
その時に、微かに鉄の味が口内に広がる。

それが桃花の味だということに気付いた久志は、首を戻して自問自答した。

(……本当に?)
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