世界でいちばん、大キライ。
『あっ……す、すみません、こんな時間に。麻美ちゃん、大丈夫かなぁと気になって……』

耳元から聞こえる落ち着いた声は水野。
久志は目を閉じたまま、なるべく平静を装って答えた。

「ああ。わざわざ……病院の薬で少しラクになったんだと思うから」
『そうですか……あの、なにかあったら遠慮なく言ってくださいね? おひとりだと大変な時とかあるでしょうし……私もそうなので』

好意からかもしれないが、子どもがいる水野は麻美の心配をしているのも事実だろう。
久志は「ふーっ」と深く息を吐いて、姿勢を正した。それから伏せていた目を開け、薄らと雲がかかった月を見上げる。

「気ィ遣ってもらって悪い。でも、大丈夫だから。じゃあ、週明けに」

通話を終えた久志は携帯を見つめた。
『何かあったら電話してください』と言った桃花を思い出しながら。

しばらくそのまま何かを考えていた久志だが、グッと携帯を握る手に力を込める。
そして、顔を上げてぽつりと言った。

「ホント、なにもかも中途半端だな、オレは……」

そうして携帯をポケットに入れると、ジャリッという足音を残しながら戻って行った。

自宅に着いた久志は、静かに廊下を歩き進めて真っ直ぐ麻美の部屋に向かう。
コンコン、と控えめにノックをして数秒後、相変わらず何の反応もない部屋のドアをそっと開けた。

「……麻美、寝てんのか」

家を出た時と変わらない、背を向けるように横たわる麻美。
返答のない麻美に向かって、久志は語り掛けるようにひとり続けた。
< 147 / 214 >

この作品をシェア

pagetop