全然タイプじゃないし!
花村春人との日常
 花村春人との付き合いも、気が付けば1年近くたとうとしている。


 夏!!また夏がやってきた。


 今年の夏は、もう20年近く海なんか行ってないという春人を、輝くおてんとうさまの元へと連れ出した。

 体はナイスだが、如何せん白い。白すぎる。
 そこで、突然焼いたら肌がひどいことになるので、そこそこの防御力をもつ、私より二段階くらい低いレベルの日焼け止めを、その素敵な背中に塗ってあげる。おほほほ、これぞ至福の時。

 「花音……」
 「何?」
 「怖い……」
 「え?」
 「生肉にサラダオイル塗って、今から平らげますって雰囲気が怖い」
 「ふはははははははは」

 例えとして間違っちゃいねえな。

 そんなこんなで海も4回も通うと、春人もおいしそうな焼き加減になってきたのである。
 そうすると、もともとナイスバディですからね、程よく焼けた半裸をさらしつつ、20年ぶりの浜辺の暑さにさすがのへらへらスマイルが引っ込んだ眼光鋭く(単にまぶしいというのもある)海へ視線を投げる春人は、なかなかのワイルド系。顔に「俺、どS」とはっきり書いてあるような勢いである。実際どSかどうかは、個人情報によるコンプライアンスに従って秘密です。えへへ。

 真夏のぎらつく太陽の下、私は腰に手を当てて、サングラス越しに春人を眺める。

 どうだ、私のマッチョは!と、まるで血統書付きの犬の毛並みを自慢しながらドッグランに立つ飼い主みたいな気持ちで、海辺に春人を放つ。

 犬というよりはむしろ鷹かな。そう、私は鷹匠。



 ところが、どういうわけか会社では、春人のあだ名が猛獣使いになった。なんで?私がいつ戦闘民族から猛獣に格下げになったのか。
 特に主任。 
 「夏原を、もう檻から出さないで」と小声で春人に言ってるの、聞こえてますから!



 さてお盆休みもあけて、まだまだ外回りの厳しい9月度。8月はどうしても成績がダウンしがちなので、ここから巻き返せねば、と、パソコンを睨みながら作戦を練る日々。
 今日は久々に会社にいるので、千沙とランチにくりだした。
 会社の近くのお蕎麦屋さんは、昼休みを過ごす近隣の会社員であふれていた。
 わー……と思ってたら「おーい!夏原!小林!」
 と、手を振る顔が目に入る。

 「こっち座れよ!」

 こういう時、天然ハイテンションのオーバーアクションはありがたい。一発で誰だかわかるからね、まあ主任の事なんですが。
 相席というありがたい変則技で席を確保し、さっさと天ぷらそばを頼む。

 「そばとか似合わないな、夏原~。お前は真夏でもケンタとか食べたほうがいい」
 「偏見過ぎですけど、真夏でも確かにケンタは食べますが。若いんで」
 「若いとか言ってて、もう29歳じゃん!、そろそろかあれじゃん」

 主任がにやにや言う。

 「花村と、結婚したっていいんじゃない?」

 と言ってくふふと笑う。

 「その話がなぜ含み笑いになるんですか」
 「いや、べつに!何でも!」

 目をそらす主任。

 「それはさ」

 千沙が何か言おうとすると、主任があわてて止める。

 「ああ!ダメダメ!小林!結婚するまでだまっといて!」
 「はあ?何ですかそれ」
 「いいのいいの。夏原は心配なく、花村と結婚すべし」

 そう言ってずるずると主任は蕎麦をすすった。

  気になる。気になるったら気になる。じーっと主任を見る。
 じーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。

 「怖い!!!食われそうな気持になる!! 視線止めて視線!!」

 主任は狭い座席で私に背を向けようとするが、如何せん主任だって185センチ越えの大男である。動こうとも動けない。

 「ひー。怖いよう」
 「じゃあ白状してください」
 「ええ……仕方ないなあ。花村と夏原が結婚するとさ、夏原が花村花音になるじゃん」
 「……は」
 「猛獣が花花とか!!かわいすぎる!!花花と言いながらのまさかの戦闘民族!!とか!!」

 言いながら、主任はテンションどんどん上がってくる。

 「妖怪にいそう!妖怪はなはなとか!!」
 「主任!盛り上がり過ぎ!!」

 フォローしようとする千沙まで噴きだす始末。

 はなはな……。なんというかわいらしいネーミングなんだ。それがよりによってこの私の名前に刻まれる……。一瞬遠くなった気を力づくで取り戻す。

 「ちょっと!あのですね!私は結婚なんて考えてませんから!」
 「えー?お似合いじゃん~」
 「ちょっと狩場を変えただけで、全く気付かぬところに隠れマッチョがいたわけですから、世の中を広い眼差しで見ればもっと理想のマッチョに出会うかもしれない……し?」

 私がそばのつけ汁をテーブルに置き、いつものように演説ぶっていると、向かいに座る主任の顔が急激に白くなっていく。

 「え?主任?大丈夫ですか?気分悪いとか?」

 真夏だし、熱中症危険!と思ったが、主任の視線は明らかに私の後ろの何かを見ている。
 なので私もその視線を追うように振り返ってみた。

 そこには、猛禽類が野鼠に狙いを定めましたみたいな、殺人光線ぶっ放すまなざしの春人が無言で立っていた。

 「ひっ」
 「お疲れ様です、主任、小林さん」
 「おおおおおおつかれ!!じゃあ俺!!もうそば食ったから!また!!」

 がたがたと慌てて席を立つ主任。

 「私も!私もご馳走様!!」

 いつもだったら蕎麦湯を心ゆくまで堪能する千沙までが、脱兎のごとく去っていった。残された兎は私だけである。
 すると、猛禽類がやるように、春人の厚い掌が私の両肩を掴む。そして耳元でこうささやく。

 「狩場?まだ必要?」
 「いえいえ、あはは!やだな!言葉のあやだよ、春人☆」

 そう言いながら見上げれば、視界に入ったのは猛禽類の目。ひいいいい。

 「上目づかいしてもダメ」

そう冷たく言い放ったうすい唇が、本日別宅(春人邸ともいう)への拉致を宣言いたしました。



 「で?」

 付き合始めてから、春人のへらへら笑いはかなり減っていった。素の表情でいることが多くなって、私もまた、猛禽類の春人に慣れつつあったここ数ヶ月でしたが、目に力こめるなよう!!!それに対抗する目の玉持ってねええええ!!

 「聞いてる?花音」
 「えへ、聞いてます」

 ソファで隣り合わせに座り、手には缶ビールを持たされているわけなんですがね、隣から異様に圧力をかけられてて、開けるに開けられぬ!

 すると、春人はぷしっと缶ビールを開けて、ごくごくと喉を鳴らした。ひょう!本日も素敵な喉ですね!よ!さすが!

 「俺は考えてるよ、結婚」

 そう言って缶ビールをローテーブルに置くと、春人はまっすぐ私を見た。

 「花音は考えてないの?」
 「いや、その、あの」
 「俺とは考えられない?」
 「そーいうんじゃなくてそのう……」

 ひいいい!じーーーーーっと見るな!!と昼間主任に言われた事をそのまま心で絶叫する。
 いかん。戦闘民族が猛禽類に追い詰められるなど!!

 「あのね!」
 「うん」
 「私と、春人が結婚するとするじゃない」
 「うん」
 「すると、名前がね……」
 「名前?」

 「花村花音になってしまう!!!」 

 「……」


 「花花なんだよううう!!」


 涙目で訴える。

 「はあ?」

 気の抜けた声を出して、春人はきょとんとした顔をした。

 「そこ?」
 「そこ!!」

 はああっと春人は大きくため息をついた。

 「そこが気になるなら、俺が夏原春人でもいいよ。春だか夏だかわからないけど、気にならないし」

 えええええ?そうか!!そうなるのか!

 「まあいいや」

 呟きながら、急に頭を撫でられる。
 「割と現実的に考えてくれてるって、いい方に思うことにする」
 そう言って、柔らかな唇がおでこに落とされた。






  営業の暑さ地獄も一段落、動きやすい季節、秋。下半期もがんばるぜ!BBQもあるしな!肉だ肉!と心躍る季節だというのに、どうした事か、夏原花音は体調不良である。

 夏の間に暴飲暴食はそれほどしなかったというのに、なんか食欲もない。夏の疲れが今来たかと、さすが30目前にすると内臓も弱るのかなあと一人、年を感じていた。

 「花音ちゃん」
 「なにー?千沙」
 「これ、あげるから!」
 「ええ、何これ」

 かわいらしい紙袋に入れらてたそれを、帰り際、まるで麻薬取引のように手渡された。

 「家にかえってからあけてね。そして必ず使って連絡して」

 妙に真剣な眼差しでそう言うから、私は素直に頷く。

 「うん、わかったけど……なにこれ?」
 「いいから!ね!連絡してね!」


 そうして私はそのなんだかわからないものを持って帰宅した。今日は春人がうちに来る日なので、先にビールを飲んでてもらう。


 さて、と袋から取り出し絶句する。


 「これは……」


 妊娠検査薬である!!人生初手にしたそれは、かなり軽くて頼りないものだった。 


 いや、いやいやなぜこれを、千沙!

 そう思いながらも、最近の体調不良とか食欲とかそれに照らし合わせた様々な情報が脳みそ一点に向かって急速に集約してきた。

 そのまま操られたように、説明書通りに事を行えば、ビンゴ!!

 まさにビンゴ!!ってここにそう言う字が浮き出るようになった方がこの商品売れるんじゃないのというアイディアを頭に掠めながら、私はよろよろとトイレから出た。

 「どうしたの、花音?」

 あからさまに挙動のおかしい私に、春人が言う。

 「春人……。私妊娠した」
 「えー!!ほんとに!やったー!!よかったー!」

 そう言って、春人はその場で二、三回ジャンプした。大喜びの春人を横目に、そういえば最近はもう春人任せにしていたことを思い出す。どうしてこうなった。どうしてこうなったのだ。

 「でも、どうして……」

 心のつぶやきが声に出ると、春人がへらへら笑いながら言う。


 「ああ、俺初心者だから、失敗したかも」


 テヘペロ……テ~ヘ~ペ~ロ~!!!!!????

 
 そんなこんなで、私は花村花音となりました。
 花花とか言ったやつ!
 狩ってやるからな!!

 
< 9 / 14 >

この作品をシェア

pagetop