王太子殿下の溺愛遊戯~ロマンス小説にトリップしたら、たっぷり愛されました~
こういうときいつも、無理難題をふっかけてからかう相手が今は小説の中に入ってしまっているから、行き詰まりやすいのかもしれない。
しかしウィルフレッドは最早エリナの主なわけで、目の前で悪口を言われるのはなんとなく腹が立った。
「それ以上ウィルフレッドさまを悪く言ったら怒ります。書いていくうちに、きっと何か変わりますよ」
エリナが指先で白猫のヒゲを弄ってやると、猫は心底不機嫌そうな表情になったが、しばらくして月明かりに光る緑色の瞳で心配そうにエリナを見た。
「エリー」
弥生の声で、こちらの世界での名前を呼ばれる。
突き放されたようで寂しい気もするのに、不思議と湧き上がるのは嫌悪感ではない。
「なるべく、こうして会いにくるのはやめにするよ。きみには、ちゃんとこの世界に馴染んで欲しいんだ」
エリナは猫の目をまっすぐに見つめ、静かに頷いた。
一陣の柔らかな風がエリナの髪をなびき、エリナの不安と恐怖と、この世界に馴染んでしまうことへの躊躇を押し流していく。