恋をしようよ、愛し合おうぜ!
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「・・・もうのっけから超不機嫌でさー」
「あれは・・・まだ幸太くんを紹介してないのに、二人で話してたから?でもあれは“話”って程のことじゃなかったよね。それに幸太くんを紹介しようと思った矢先に”こいつ誰“って言われて・・・」
「きたよ!“こいつ”呼ばわり!」
「でも野田さんって、すっげーイケメン!男の俺から見ても、かっけーって思ったし!」
「マジで!?なつきちゃん、それ言ってなかったよね?」
「・・・悦子さん。そこ、重要ですか」という私の問いに対して、なぜか悦子さんだけじゃなく、ヒロミちゃんとクリスティーナも一緒にそろって、力強く「当然!」と言った。

「もう・・・。みんな彼がいるっていうのに・・・」
「それとこれとは別」
「ナツ。今度は絶対、ノダをここに連れてきなさい」
「おねえさんたちが、じっくり品定めしてあ・げ・るっ」
「彼はきっとハイクオリティーよ!」

デザイナー兼画家のクリスティーナらしいセリフに、私はプッとふき出した。

そして、「野田氏モデルに漫画描きたぁい!なつきさぁん、絶対野田氏連れてきて~!」と悶えながら言ってるヒロミちゃんは、確か恋愛ものとは対極の、少年漫画誌でアクション漫画を描いてるはずなのに・・・何気に職業病が出てる。

「なんかもう、いろんな意味で怖い」と言ったのは、ただいまこの輪の中で唯一の男子である幸太くんだ。

幸太くん。今、私も同じこと思ったよ・・・と、私は心の中でつぶやいた。



もしかしたら野田さんは、みんなの「反応」が分かってたから、今回拒否したのかな。
ま、それも、イケメンの宿命だよね。


それから私が「野田ファンクラブ」があると言うと、実物の野田氏を見た幸太くんは納得、そして他3人のガールズは、それぞれ驚きのリアクションをしつつ、「ますます会ってみたい」という行き着いた意見は同じ。

そして私たちは、みんなの恋談義から、今食べてるクリスティーナ作のカレーのことまで、多種多様な話題を持ち出しては、いつもどおり盛り上がった。

元々ここの住人たちはみんな仲が良くて、何かと口実を設けては、しょっちゅうクリスティーナ宅に集合している。

というのも、クリスティーナの部屋は1階の真ん中、ということもあってか、みんな集まりやすい(とはいっても、距離的な違いなんて、実際のところ、ほとんどないんだけど)。
それに、人が好きで、もてなし好きなクリスティーナは、ここに一番長く住んでることもあって、彼女からみんなに声をかけることが多い、というのもあるかもしれない。

今回は、悦子さんが編集をしているインテリア雑誌に、私の部屋が載ることになったので、最終「打ち合わせ」をするために集まった、という口実がある。
1号室の川口さんは、今回写真撮影の仕事で、アパートにはいない。

悦子さんが手がけるインテリア雑誌には、すでに私以外の住人みんなの部屋が掲載済だ。
特にクリスティーナの部屋に至っては、悦子さんのところの雑誌以外にも、海外を含めて数誌撮影されたそうだ。

クリスティーナの部屋は、モノトーンを基調としている。
8畳一間、プラスキッチン・バストイレという狭い空間だからか、絵画類は意外にも3点しか飾られていない。
アーティストの部屋って、もっとこう、カラフルで、オブジェもいっぱいあるってイメージがあったからか、彼女の職業がデザイナー兼画家(趣味で絵を描いてる)と聞いたときは、ちょっと驚いた。

だけどセンスはとてもいい。
というか、洗練されていて私好みだ。
日本の骨董品と北欧の家具、そしてシェイカースタイルが程よくミックスされた空間は、茶室のようにスッキリしていながら、温かみも十分感じられる。
だから居心地の良いこの部屋に、私を含めてみんな集まりたがるのも納得だ。

「9月初めあたり撮影」というのは、数日前、「キムチ鍋パーティー」をしたときに決めていた。

「じゃあ10日の水曜日にしよう」
「オーケーでーす。もしかしたら私は仕事が入るかもしれないけど、不在でもいいんですよね?」
「うん。鍵さえ貸してもらっとけば大丈夫。それに10日はクリスティーナがいるし」
「まかせて」と言ったクリスティーナに、「ありがと」と私は言うと、頷いた。

雑誌には、アパートの外観はもちろん掲載されない。
取り壊しが決まっているとはいえ、そこから場所が分かるかもしれないからだ。
同じ理由で、場所が特定できるような表現も掲載されない。
でも本人が了承すれば、顔写真を掲載することもあるそうだ。

「なつきちゃんは元が良い上に、モデルしてたから、写真写りはすごくいいのになぁ。残念」
「すみません」

悦子さんは、今のインテリア雑誌を編集している前、30代の女性を読者層(ターゲット)にした雑誌の編集をしていたこともあって、美容だけじゃなく、衣食住の流行にも詳しくて、とてもオシャレな女性だ。
その悦子さんに褒められたことは、素直に嬉しい。だけど・・・。

だんなのことがなければ、顔と言わず、全身写真を掲載してもらっても、全然構わないんだけど。

だんなのことが後ろめたいからじゃない。
あの人にはこの場所を教えていないし、一度も部屋へ招き入れたこともないのに、全国で販売される雑誌で見るのが初めてになる、というのはどうかと思うからだ。
かといって、雑誌が販売される前に、彼を招こうとは全然思わないし。

私から仕事のことは詳しく話さないから、あの人にはインテリア雑誌に載ることも話さない。
だから彼は、そのことを知らないままかもしれない。
それもちょっと・・・どうよ。

ハァとため息をついた私に、「サッサとカタつけちゃいなよ」と悦子さんは言うと、白ワインが入ったグラスを私にくれた。

「うん・・・」
「じゃないと野田さんと恋愛できないですよ」
「・・・ヒロミちゃん。私は野田さんとは恋愛しません。ついでに言うと、野田さんだけじゃなく、誰とも恋愛しないの!」
「えー?でもさ、あの時の野田さんって、ナツさんに対する独占欲むき出しだったよ。俺のことは最初、完全敵扱いで」
「・・・幸太くん。さっき私が言ったこと、聞いてた?」
「聞いてたよ。それに俺、男だから分かるよ。野田さんってナツさんのこと好きなんだって。好きな女が知らない男と親しそうにしゃべってたら、俺だっていい気しないし」
「違うって。あの人私のこと嫌ってるの。何かといちゃもんつけてくるし。今日だってこの爪見て“ますます”料理しなさそうに見えるって言われたし・・・ま、当たってるけど」

・・・でも重たいバッグ持ってくれたし。
幸太くんにバッグ持ってやれと「命令」したのはちょっと・・・。

「ナツが言ってることはナンセンス!恋というのは落ちるもの。そして気づいたら、その世界の中に入り込んでいるの!」
「そーそー。なつきちゃんは、もう野田さんの世界の中に連れ込まれているのよ」
「キャーッ、“連れ込み”って響きがステキぃ!それに話聞いた限り、野田氏って強引そうだし」
「え?ヒロミちゃんって、そういう男がタイプ?」
「そだねー。優しい、プラス“俺についてこい”みたいな感じの人、好き」
「まんま幸太くんじゃん!」
「どストライク!」
「ハートの真ん中狙い撃ちされましたですよ」

と照れながら言いつつ、エへへと笑うヒロミちゃんと幸太くんって、実はつき合っている。
ここに越してきてから知り合ったそうだ。
だから、出会いの場であるこのアパートが取り壊されるのは寂しいと二人は言っていた。

それは二人だけじゃなくて、ここの住人みんな思っている。
クリスティーナは「次住むところを探す気になれない」と言ってるし、実際、物件を探してもいない。

悦子さんは、これを機に、今つき合ってる年下の彼と結婚前提の同棲をすることになった。
私も次の物件を探さないといけないんだろうけど・・・まだその気にはなれない。
次もまた、ここみたいに家賃激安で改装してもいいというアパートを探すか。
でも期間限定ということに変わりはないわけで・・・。

何より、今は十分な資金がない。これが現実だ。

とにかく、物件探しは年明けからでも大丈夫だと心の中で言い聞かせつつ、「撮影前に家具を磨いてコンセントや隙間と照明の埃を取っておけ」というクリスティーナのアドバイスに、私は「オーケー」と言ってコクンとうなずいた。

それは日ごろからしてるから大丈夫だ。

それから「つけてほしい棚とか、作ってほしい家具ある?」と幸太くんに聞かれた私は、「ないよ。大丈夫。ありがとう」と答えた。
最後に「なつきちゃんは名前を出さず、イニシャル掲載ね」と悦子さんから確認するように言われた私は「おねがいします」と言って、その場は解散となった。



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