恋をしようよ、愛し合おうぜ!
14
「そういえば・・テレビ局に勤めている私の友人が、日本語と英語の通訳を探していると言ってたな。ナツ、君を推薦してもいいかな」
「え?私ですか?」

聞けば、その友人は、日本のアニメをアメリカで放映するための契約を結ぶときの通訳を探しているそうだ。
そういう類の通訳は、以前したことがある。

「詳しい仕事の内容や報酬、それにその会社に雇われる形か、フリーランスのまま一時的に請け負うのかといった雇用形態等は、君自身が直接あちらと交渉してもらう形になるが」
「構いません。いつもそうしていますので」
「そうか。じゃあ私から友人に連絡を入れておこう。ちょっと失礼」とトムは言うと、胸ポケットから手帳を取り出した。

黒い革張りや大きさが、野田さんのと似てる手帳から、トムは紙を1枚破り取ると、万年筆でサラサラと何か書いて、私にくれた。
そこに書かれていたトムの友人の名前は、偶然にも私は知っていた。

「この方・・・MBCの方ですか?」
「そうだが。君の知り合いか?」
「いえ。直接お会いしたことはありませんが、CM監督をしている知り合いの友人で。お名前は存じています」
「そうか。だったら話は早いだろう。君のメールアドレスを教えてくれないか?時差もあるから、まずはメールを送るよう、彼に言っておくよ」
「ありがとうございます!」



それからすぐ、食事会はお開きとなった。
とはいえ、3時間はいたと思う。
とにかく、とても楽しいひとときを過ごした。

トムはそのまま宿泊している部屋に戻ればいいので、送る必要はない。
そして、ここに10年以上住んでいるレンは、地理的に迷うことはないし、酔ってもいないから送らなくてもいい。
荒川くんは言わずもがな。

「じゃあ俺、なっちゃん送るわ」
「え。いや、送ってもらわなくても・・」と私が言ってる途中で、荒川くんが遮るように「よろしくでーす」と言った。

「・・・それより荒川くんを送った方がいいんじゃないですか?彼、酔ってるみたいだし」
「あいつなら大丈夫だ。あれが素だからよ。じゃあおつかれ!レン、水曜日な!」
「おつかれさまでしたー!」と言うレンの声だけ聞いていると、日本人だと錯覚してしまう。

「あ、ちょ・・っと」
「車取りに一旦会社行くぞ」
「いや、野田さんには二度手間かけさせちゃうし」
「んなこたねえよ」
「でも、私も遠回りになるし。たぶんだけど・・・」
「少しくらい我慢しろ」
「う・・・」

この人、私の意見を聞こうともしてない!
引っ張られるのが癪だった私は、野田さんの隣を並んで歩いた。



タクシーの中では、運転手さんがいたこともあって、野田さんが行き先を言った後、終始無言。
野田さんの車の中でも私はしゃべらなかったし、野田さんも私に話しかけなかったので、車内では野田さんがつけた音楽だけが、暫くの間流れていた。
適度な音量と、適度にノリのあるリズムが心地良い。

「野田さんって、いつもこういう音楽聴きながら通勤してるんですか?」
「ああ。クラシックやノロいリズムの歌聴いてると、なかなか目が覚めねえんだよなー」
「分かる。朝弱いと余計にねぇ」
「かといってヘビメタみたいながなる音楽は歌うの難しいだろ」
「え!?野田さん、車内で歌ってるの?」
「時々な。カラオケの練習も兼ねて」
「野田さんが歌ってる姿かぁ・・・一度見てみたい」

ファンクラブの会員さんたちが見たら、卒倒しちゃうかもしれない!
なんて思いつつ、「営業もいろいろ大変なんだよ」と言う野田さんの横顔をチラッと見た。

・・・やっぱりこの人、色気ある。
ハンドルを握っている手や、かかっている音楽に合わせてトントンとリズムを打つ人さし指がキレイでセクシーだなと思うのは、なぜだろう。

あんまり見過ぎちゃ失礼だと気づいた私は、慌てて前を見た。
それとほぼ同時に「仕事、どうすんだ」という低音ボイスが、音楽よりも車内に響いた。

「え?」と私が言ったのが、聞こえないのと解釈したのか。
野田さんが音楽のボリュームをますます下げた。

「トムから言われた仕事。引き受けるのか」
「あぁ、そうですね。条件によりけりですけど、断る理由はないし・・ってまだあちらへ話が行き渡ってないですよ」
「そうだな」と野田さんが言ってから数分間、車内にはまた音楽だけ流れていた。

「おまえさ、英語の勉強し続けてんだろ」
「そりゃあ・・・英語使う仕事してますから、はい」
「5年アメリカに住んでただけで、流暢に英語がしゃべれるとは限んねえじゃんか」
「あ・・・」
「それに、14のときこっちに戻ってから10年以上経ってんだろ」

私は思わず野田さんの横顔を見て・・・また前を見た。

この人は、私の外見だけ見て、「仕事できない派手女」と決めつけてると思ってたけど・・・ううん、最初はそうだった。
だけど今は違うと言える。
それが私には、とても嬉しくて、野田さんがそう思ってるってことが、なぜか重要な気がした。

「結局私って、英語が好きなんだと思います。英語ができることを自慢してるとか、生意気だと言われたときも、海外特派員になる夢が破れても、英語の勉強をし続けたのは、やっぱり英語が好きだからかなぁと。大体、好きじゃないと続けられないし・・・。私、好きなことを仕事にできて、すごく幸せ・・・あ」
「なんだよ」
「幸せって、誰かや何かから与えてもらうものじゃない、掴み取るものなんだって、今言いながら気がついた!」と、私は叫ぶように言うと、隣の野田氏をガバッという感じで見た。

それは私にとっては、人生の悟りを開いたような、世紀の大発見に等しくて。
だからか、胸の高鳴りや興奮が収まらない!
今の私って、目が少女漫画みたいにキラキラ輝いてると思う!

なのに隣の野田氏は、至ってクールなままだ。
・・・この人、運転中だし、私が一人で勝手に盛り上がってるだけだし・・・。
私の盛り上がりが伝染して、運転おろそかになって事故られても困るよね、うん・・・。

少しずつ興奮が冷めていくのを感じながら、私が前を見たとき、「俺はおまえの意見とは少し違うけどな」と野田さんが言った。

「・・・と、言いますと・・・」
「誰かや何かがいて幸せだと感じることだってあるぜ」
「おおおぉ!なるほどー!野田さんって意外と奥が深いこと言いますね!!」
「意外は余計だ」
「あぁすみませんっ」
「大体、幸せってなるもんだろ」
「・・・なる・・・?」

私は怪訝な顔したまま、隣の野田氏の横顔を見る。
視線を感じたのか、前を見たまま口だけフッと笑った野田さんを見て、また私の心臓はドキンと高鳴った。

酔ってないのに、頬が熱い・・・。

「おう。自分で幸せだと決めたら幸せなんだよ。それが“なる”だ」
「う・・・わぁ。ちょっと野田さん!今めちゃくちゃ良いこと言いましたよっ!」
「今だけじゃねえだろ。後でどつくぞ」
「やだぁ」と言いながら、私はなかなか笑いが止まらなかった。

なんか・・・今の私は、このまま飛んで行けそうなくらい、テンションハイになってるような、体もすごく軽くなったような。
とにかく、心がウキウキして、すごくいい気分だ。

「おまえは仕事ができる。だから好きなことを続けることができてるってのもあると、俺は思う」
「野田さん・・・今日は私を絶賛してばっかり!大丈夫ですか?」
「真顔で心配してんじゃねえよ!」

「マジで後でおまえをどつく」とブツブツ言ってる野田さんに、私は「ありがとうございます」と言った。

前を見たまま言ったのは、今にも泣きそうだったから。
・・・野田さんが私のことを褒めてくれたことが、すごく・・・すごく嬉しくて。
でも、それを野田さんには知られたくないから、この場を茶化してごまかした。
26歳になっても、いまだにひねくれ要素を持っている私であります。

「・・・仕事、決まるといいな」
「はいっ!一度でいいからお会いしたいと思っていた方とつながり持てるだけじゃなくて、一緒に仕事ができるなんて!もしかしたら、アメリカに住むことになるかも!そうなったら・・・わぁい!嬉しいなぁ」
「・・・そうだな」

一人でまた勝手に盛り上がっていた私は、野田さんの声に元気がなかったことに、気づきもしなかった。





「・・・ここか、よ」
「そうですよっ」
「おまえと幸太の他に誰か住んで・・・るな」

うちと1号室の川口さん宅以外の灯りがついてるのを見た野田さんは、まだ何かを認めたくない、みたいな顔をしている。

「おいおい。ここ、ちゃんと住めるのかぁ?」
「住んでるでしょ!このアパート、見た目は確かにボロいし、来年の3月までには出て行かないといけない・・・」
「なんで」
「取り壊されるんです」
「あぁ、それでボロいわけかー」
「“ボロい”ってところを強調しないの!だから家賃も安いんです!それに、好きに改装できるから、ここに住みたいって人、結構いるんですって」
「ふーん。じゃあおまえはここに住めて“ラッキー”なわけだー」

と言う野田氏の口調は、疑い要素満載だ。

「来週にはインテリア雑誌の撮影もありますよ」
「マジかよ!?」
「マジですよ。その雑誌、野田さんにプレゼントしてあげる」と私が言うと、野田さんがゲラゲラ笑った。

その声と顔に、私の鳩尾がキュンと反応する。
野田さんが笑うのを止めると、「じゃ、月曜な」と言った。

「はい」
「気をつけて帰れよ」
「・・・うちはすぐそこですから」と私は言うと、サッと車から出た。

名残惜しくて腰が重くなってるなんて、野田氏に悟られないように。

「送ってくれて、どうもありがとうございました。野田さんのほうこそ、運転に気をつけて帰ってくださいね」
「おう。じゃー・・・なつき」
「はい?」
「・・・・・・・・・やっぱいい。おやすみ」
「あ・・・はい。おやすみなさい」と私は言うと、トントンと階段を上って鍵を開けた。



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