恋をしようよ、愛し合おうぜ!
15
私が自分の部屋へ入ったのを見届けた野田さんは、車を発進させたんだろう。
車の音が何となく聞こえた私は、ドアにもたれたまま、ホッと安堵の息をついた。

野田さん・・・さっき私に何言いたかったんだろう。
何か言いたそうな野田さんの顔は、ちょっと切なくて、苦しそうに見えたから・・・。
言ってくれればいいのに。
気になる。

とは思いつつ、私は帰って来た我が家でくつろぎのハーブティーを飲みつつ、メールのチェックを済ませて、シャワーを浴びに行った。


「・・・ん?」

シャワーから戻った私は、タオルで濡れた髪をターバン巻きにすると、椅子にちょこんと座って、テーブルに置いてるスマホを取った。

着信履歴、2件。2件とも「野田真吾さん」からだ。

どうしたんだろ。
「無事家に着いた」っていうお知らせかな。
さっきのこともあったし、私はドキドキしながら留守電メッセージのチェックをした。

『・・・・・・』

無言だ。
酔って・・・ないよね。
それとも、家に帰ってすぐ飲みながら誤信しちゃった?
で、2件目は「ごめん」って・・・。

『・・・・・・なっちゃん。俺・・・行くな。行くなよ』

と言ったところで時間切れになったらしい。
慌てて2件目の留守電メッセージを開けると、今度はすぐに野田さんの低音ボイスが聞こえた。

『なっちゃん。さっきのメッセージ、もし入ってたら悪い、消しといて。あれに深い意味ねえから。じゃ』

「深い意味ない」って・・・あれが?
あんなに切ない声出しておきながら?
大体「行くな」ってどういう意味?

頭の中でゴチャゴチャと考えながら、私は「嘘つき」とつぶやくと、野田さんへ電話しようとして・・・やめた。

野田さんのことだから、私からだと分かったら、きっと出てくれないだろう。
そして実際そうだったら、拒否されたみたいで・・・悲しいし。

私はスマホをそっとテーブルに置くと、タオルを外して髪をガシガシと拭き乾かし始めた。

・・・少なくとも野田さんは、どっかのバーでヤケ酒煽ってないよね。
周囲の雑音が全然聞こえなかったから、たぶん家からかけたはずだ。
野田さんが無事家に帰ってると分かってるだけで、私はひとまず安心した。




野田さんから来た謎の留守電メッセージについて、気になっていたけど、幸い土日の週末には、ビューティーセミナーのアシスタントの仕事が入っていたし、トムから紹介されたテレビ局の通訳の話もあって、そのことばかりにかかりきり状態にはならなかった。

でも、ふとした合間に、「行くなよ」という切ない低音ボイスが、脳裏から響いてくる。

野田さんが何か言いかけて止めたあの別れ際、私に「行くな」って言いたかったの?
2回も「行くな」って言ってるのに、本当に「深い意味はない」の?
「行くな」ってどこに・・・?

分かんない。
そして・・・気になる。

だから留守電メッセージは2件ともまだ残してるし、夜、寝る前に聞いてしまう。
それも一度ならず何度も、何度も。

だからますます気になるんだけど、野田氏に電話はしていない。
あの人も週末何かと忙しいだろうし・・・よく分かんないけど、いろいろあるだろうし。
もしかしたら、彼女とデートとか・・・週末だけ同棲してるかもしれないし。
・・・つき合ってる彼女がいるのか、知らないけど。

とにかく、あんな切ない声で「行くな」と言われると・・・膝枕して、「どこにも行かないよ」って言いながら、頭よしよしって撫でたくなる。
・・・それじゃあまるで猫じゃないの!!
でも・・・野田さんって、彼女には意外と甘えてそうな気がする。
少なくとも私が彼女なら、甘えさせたいなー・・・・・・。

「って私、何考えてんのっ!!」

と、つい叫んでしまったけど、ここは一人暮らしの我が家だったので、とりあえずホッとした。

こんだけ気になってるのに、まだ野田さんに電話しないのは、明日の朝会社で会うから!
週末の間に電話しても、無視されたり拒否されるかもと思うと、怖くてかけられないんじゃない!

「断じて違う!私は誰ともつき合わない。誰とも・・・」とつぶやいた自分の声が、狭い我が家の空間にむなしく響き渡る。

どっちにしても、明日の朝、野田さんに会ったときに、エレベーターの中とか、とにかく二人きりになったときに聞いてみよう。

野田さんとはたぶん、プロジェクトの本契約を交わす水曜日にお別れだ。
野田さんだけじゃなくて、荒川くんとも。
海外1課の人たちや、金崎さん、受付嬢の二人に、海外事業部の・・・みなさんとも。

私は、ギュッと握りしめていたスマホの画面をしばらく見ると、意を決して彼・・・だんなに電話しようとして・・・結局緑の通話ボタンを押せずに、スマホをテーブルに置いた。

ガタンというスマホの音が、周囲に響く。

・・・どうしても「別れよう」と切り出せない。
結婚生活やだんなに未練は・・・全然ない。
むしろ、一日も早く離婚したいと思ってる。

でも、離婚する・しないでまたもめるのかと思うと、する前からすでにゲンナリしてしまう。
あの人のことだから、話し合いに応じるどころか、もしかしたら今度は「もういいだろう?」と言って、私を強制的に連れ戻すかもしれない。
そして離婚には応じず、私は何もないあの場所で、また退屈な日々を過ごすことになる・・・。

とまで想像できちゃうから、だんなのことは、当たらず障らず程度に連絡を取って終わってるのに。

もうごまかしが効かないところまで、来てるのかもしれない。
悦子さんの言う通り、いい加減カタつけなきゃいけないんだよね。

後は、私自身が言う勇気を持たないと。




そして月曜日の朝。
エレベーターの中で野田さんと二人きり・・・にはなれなくて、結局聞くことができなかった。

大体、時々悶々としていた私とは対照的に、野田さんはいつもどおり軽快で、颯爽としてるし。
会うなり「よぉ」だし。
ホント、「深い意味はなかった」のかもしれない。

なんて思ってるうちに、エレベーターの扉が開いて海外事業部の階に着いたので、私と野田さんはそこで降りた。


「あのメッセージ消したか」
「えっ!?」

いきなり野田さんに聞かれた私は、ビックリして立ち止まると、隣の野田さんを仰ぎ見た。

・・・まさかここで言うとは・・・。
でも、今ここは、私と野田氏、二人きりだ。
ってことは、この人も実は気にしてたとか・・・私とは別の意味で。

「消したかって聞いてんだよ」
「あっ、と・・・消してません」
「ああぁ?!おい。俺、消せって言ったよな」
「う、ちょ、ちょっと野田さんっ!」

そんな凄んで近づかれても・・・ここオフィス内だから!

「ぁんだよ」
「なんで・・・野田さんが言った意味が分かりません」

「消せ」ってことを言ってるんじゃないのは、お互いよーく分かってる。

「だから」と野田さんは言うと、私に「超」がつくほど近づき過ぎだと分かったのか、1歩下がると顔を上げて、大きな手を目のあたりに置いてフーッと息を吐いた。

「だから」何なの?
続きを言ってくれるの・・・?

「だ・・」
「俺にはおまえに言う権利はねえってことだ」
「・・・・・・はい?あ、ちょっと!野田さんっ!」
「早く来いや。おいてくぞ」

・・・野田さんは続きを言ってくれたけど、それでも私には意味が分からないままだった。



それからオフィスに着くなり、野田さんは英語での契約書作成の説明と要望を言ってくれた。
いつもどおりのビジネスモードで。

外見チェックで突っかかってくることもなかった。
そりゃそうよね。
服もネイルもおだんごヘアーも、金曜日同様、文句のつけようがないし。
いっそのこと、黒いネイルでも塗ってくればよかった。
・・・なんて考えちゃう私は、やっぱりひねくれ心を持ってるのだろうか。
それとも、野田さんに突っかかられることが、実は嬉しかったりして・・・。
ってことは、私っていじられ好きな耐える女!?

もうそんなこと考えるのはやめよう!
と決意を新たにするように、私は目をギュッとつぶって、顔をブンブンと横にふると、気合を入れて契約書の作成を始めた。




入力し終えた契約書を2回画面でチェックすると、プリントアウトした。
それを、15時過ぎに帰って来た野田さんと荒川くんにチェックしてもらう。
何か所かあった曖昧な表現をクリアに訂正して、契約書は無事完成。

進行具合によっては、明日の火曜日も来ることになるかもしれなかったけど、思った以上に早く終わることができてホッとした。

「そういえばなつきさん、トムから言われたテレビ局の仕事、どうなった?」
「あぁ、あれね。来月に通訳することが決まったよ」
「おーっ!なつきさん、すっげー!!」と大仰に言う荒川くんに、私は「最初は“お試し”だから」となだめるように言った。

「おまえ、アメリカ行くのか」
「いえいえ。あちらから呼ばれれば伺うという、その都度採用の形です。もちろん最初の出来次第では、1回で終わるかもしれないけど。とにかく、私は契約の時だけいればいい上、いつも日本のテレビ局で契約を交わしているそうなので、むしろ日本に住んでる通訳さんのほうが好都合なんですって」
「そっか・・・」
「日本語ができる通訳さんが、なかなかあっちで見つからなかったそうで。トムにはお礼のメールを送っておきました。水曜日会ったときにも、ちゃんとお礼を・・・あ」
「なんだよ」

私は穏やかな笑みを浮かべて野田さんを見ると、「行かないですよ」と言った。


< 15 / 46 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop