Again
エレベーターに乗り込みエントランスに出ると、常駐のコンシェルジュと目があった。





「お気をつけて、いってらっしゃいませ」

「ありがとうございます。いってきます」





葵は挨拶を返し、マンションを出ようと足を向けた時、コンシャルジュから声がかかる。





「名波様。タクシーをお呼びいたしましょうか?」

「いいえ、フライトまで時間があるので、電車でのんびりと行こうと思います。ご丁寧にありがとうございます」

「いいえ、お気をつけて」

「はい」





コンシェルジュは小さな体の葵が引っ張るトランクを見て気を利かせてくれたのだろう。サイズは特大だが、それ以上の大きさに見える。それでも仁が用意したトランクは、軽量で引きやすい。葵でも楽に持つことができた。



葵は足取りも軽く、駅に向かう。駅までは10分もかからずに行ける。朝の通勤時間帯は過ぎているからか、駅に向かう人々は、スーツ姿の人よりもおしゃれをした婦人が目立つ。



これから訪れる楽しみに、足取りも軽く、葵は駅の改札に入った。



一時間程で空港に着いた。何度かは利用したことはあるが、一人の心細さもありキョロキョロとしてしまう。案内板を見ながら、目的のラウンジへ進む。チケットを片手に目標の場所までいくが、まだ早すぎて搭乗手続きは始まっていない。若干の勇気を振り絞り、ラウンジの扉を開けた。



踏み入れた場所は、意外にも人がいて、緊張がほぐれる。コーヒーを飲み、軽食を食べながら時間まで過ごす。





「ふう」





飛び行く飛行機を眺め、コーヒーを飲み干したころ、バッグからガイドブックを広げ読み始める。しかし葵は、ページをめくっているが、頭には入っていなかった。頭の中はずっと仁と過ごす時間のことで一杯だった。



結婚して初めての旅行。仁は仕事でも葵は新婚旅行だと思っている。仁は、ついでのようで申し訳ないと葵に謝ったが、少しでも葵の事を考えていてくれていたことが嬉しかったのだ。



想いに耽っていると、搭乗手続きができるようになっていた。ゆりかごのように座り心地の良いソファから腰を浮かし、ラウンジを出る。



全ての手続を済ませ、葵は自分の乗る飛行機を見ながら、待合に座った。





「仁さん、どんな顔をして待ってるかな。私が行くのを待ってるかな。仁さんと、どこに行こう、ショッピングに食事、手を繋いで、散歩もいいなあ。よし、あとは飛行機が連れて行ってくれる。お願いします」





目の前にある飛行機の操縦席を見ながら、まだいないパイロットに旅の無事をお願いする。



葵はスマホのメールをチェックした。昨日、仁から気を付けてくるようにとメールが来ていた。久美は、お土産の催促と、二人の距離が縮まるといいねと、メールをしていた。



葵は、乗り込む前に、久美と母、恵美子にメールをして、ポケットにしまう。楽しさ、嬉しさで一杯の葵は、パリに思いを馳せながら、機上の人となった。



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