Again
帰りは、久美に呼び止められ、受理して貰えたかと聞かれる。





「突然でびっくりしていたけど、そもそも結婚退職をしないのが不思議だったって言われたわ。当然と言えば当然だけどね」

「なんだか納得がいかないけど、決めたことだもんね。もう何も言わないわ。で、今月いっぱい?」

「そう、大きなイベントは終わったし、夏の企画は私だけの案じゃないから、引き継ぎも簡単だしね」

「そう、送別会を盛大にするからね、楽しみにしていてよ、婦人?」

「ふふ、分かった。じゃ、お疲れ」

「お疲れ」





騙している切なさが、葵の心を覆う。いつか、必ず本当の事を言うから、それまで、嘘をつき通させて欲しい。それだけを思う。



次の難関は両親だ。ホテルの傍の公園で、ベンチに座る。

スマホを手にして、かれこれ十分は経っている。





「あー勇気が出ない」





今度はうろうろとしてみた。人通りの多い公園でも、この行動はマズイ。心を決めて電話をかけた。





「あ、お母さん?」

『葵、どうしたの?』

「あ、あのね……私、り、離婚、する……」





母親の声を聞いた途端、堰を切ったように涙があふれ出した。電話の向こうで優しく語りかける母親の声に、強がっていた心は崩壊した。





『とにかく、帰って来なさい。それから話は聞くから。ね?』

「うん」





電話を切り、夜空を見る。なんだかすっきりとした気分になったのは不思議だ。仁の事を好きになっていた。だからこそ葵は仁の行動と、桃香が許せなかったのだ。少しでも仁を好きになったことで、お金が全てで結婚をしたのではないと思う事が出来た。



母親に電話をするのに、二日振りにスマホの電源を入れた。受信したメールは、ショップのメルマガとクーポン券、それと、仁からだった。潤は仁共々電話をかけてくれていたのか、着信も沢山あった。



メールは私の居場所を心配するものだった。話を聞いて欲しいとは一切送って来ていない。それが仁の優しさなのだろう。





「もっと、早く、こんなメールをくれていたら……」





仁のメールはもっぱら、帰宅を知らせるもので、履歴を見ても、「早く帰る」「遅くなる」

「食事は食べる」これだけだ。離婚をする決心をした今となっては、思い出が無くてよかったとさえ思う。震える指で、すべてを削除する。葵の心も画面をタップしただけで削除できれば、どんなにいいだろう。



再び電源を切り、宿泊していたビジネスホテルに帰る。チェックアウトをして実家に帰るつもりだ。





「さようなら、仁さん」





そうつぶやいて、葵は涙を拭き、胸を張って歩き出した。

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