Again
葵が結婚するにあたり、お願いしたことは、仕事を続けさせて欲しいという事だった。葵は好きなホテルの仕事を辞めたくはなかった。将来は海外事業部で同じグループホテルの海外支店勤務を希望していたからだ。

夫である仁は葵の要望をすんなりと承諾した。グループの総帥である義父も全く反対することなく、揉め事すらないまま結婚をした。この時はまだ我儘ではなかったか、副社長である夫を主婦として支えた方がよかったか、と自問自答する日々が続いたが、続けることが出来たのは、仁にとって後ろめたいことがあったからなのだと、後々知ることになる。仕事を捨てきれない葵は、意志を通すことに決めた。

 仁は全く何を考えているのか分からない。会話も無いのだから当然と言えば当然。

結婚式の翌日のみ休みを取り、その後は休みなく仕事で、新婚旅行はなし。毎晩の様に帰りは遅い。そのことは、本人から話は聞いていたので、問題はなかったし、葵としては内心少しホッとしていた。

しかし、一つ困ったことが、仁は必ず家で食事をした。どんなに遅く帰って来ても家でご飯を食るのだ。毎日のことで、仕事で疲れているときなどは、作りたくないと思っていたが、自分の役目とあきらめて、せっせと作っていた。

接待で食事がいらない時は必ず夕方までにメールで連絡をしていた。クールな顔立ちとは逆に、まめだったことは意外な発見であった。

朝、葵が起きると、流しに食器が浸かっている。生ごみも出ていないから、残さずに食べているのだろう。ちょっと食器ぐらい洗っておくか食洗機に突っ込んでおいてくれればいいのにと、毎回思うがそれは黙っている。

それと、もう一つ。摩訶不思議なことに、葵にお土産を欠かさず買ってくる。朝、起きて冷蔵庫を開けると、必ず入っている。コンビニでデザートを買ってきたり、予約をしないと買えないケーキであったりと様々だ。あまり上手くない字で「食べなさい」とポストイットに書いて貼ってあった。葵は、その字を微笑ましく見つめ、指でなぞった。

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