Again
隣にいても会話がない二人は、黙々とテレビを観ながら食事をしている。時折、お互いを気にして見るが、視線が合うことがない。仁が葵を見れば、葵は正面を向き、葵が仁を見れば、仁は正面を向きといった具合に、何もかもがかみ合わない。意識しているのは間違いないのだが、タイミングが合わなさすぎるのだ。

そんなとき、葵の肘が仁にぶつかる。



「あ、ごめんなさい」



まるで、レストランで隣の客に肘が当たったかのような、反応をする。葵は、ほんの少しだが、身体を横にずらして、仁との間に距離をつくった。



「気にしないで」



離れるほど、気を使っているのか。そう仁が思っていることなど、葵には分からない。なんとか会話を続けたいのだが、お互いが他人行儀では、先に進むこともない。こんな気まずい雰囲気はいつまで続くのだろうか。



「ごちそうさま、美味しかった」

「ありがとうございます」



レストランの店員に食事の感想を言っているようだ。ほぼ同時に食事が終わった二人は、揃って食器を持ってキッチンに行く。



「後は、私が……」

「ありがとう」

「何時ごろ買い物に出る?」

「あ、あの、これから洗濯物を干して、掃除をしてからと思ってます。もっと早い方がいいですか? 仁さんの都合に合わせます」

「あ、いや、ちょっと聞いただけだから、出かける時に声を掛けてくれたらいいよ」

「すみません」



仁がキッチンから出て行く後姿を目で追って、葵は、小さくため息をつく。仁もまた、ため息を吐く。距離の縮ませ方を教えて欲しいと、お互いに思っているに違いない。

葵は、朝食の後片付けをして、終わっていた洗濯物を干す。

次に掃除機をセットして、広い家の中の掃除を始める。使っていない部屋も掃除をする。かなりの重労働だ。掃除機を持ち上げ、メゾネットになっている二階から掃除をする。ここだけで、20分はかかる。そしてまた掃除機を持ち、下へと降りる。ここはさらに20分は余裕で時間がかかる。完璧な主婦を目指しているわけではないが、気持ちを落ち着かせるには、これしかないのだ。



「ああ、やりたくないなあ。疲れちゃった」



仁には聞こえないように独り言をつぶやく。仁は、テレビの前のソファで新聞を読んでいる。

部屋に戻ってくれればいいのにと、思ってしまうが、それは言わない。傍に居たい仁と、距離を置きたい葵との温度差が、今の二人を物語っている。



「がんばろう」



葵は、気持ちを奮い立たせ、残りの部屋を一気に掃除した。まだまだそれでも主婦の仕事は終わらない。結婚して分かったことは、母の大変さが身に染みて分かったことだ。さらに母は家事をして仕事、子育てをしているのだ。頭が上がらない。

風呂の掃除、洗面、トイレ、玄関と掃除が終わって時計を見ると、すっかりお昼の時間になっていた。



「疲れたなあ、自分の時間が欲しいよう」



休む間もなく、今度は昼食の支度。葵は仁に見つからないように、洗濯物を干してあるサンルームへ休憩しに行った。

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