理想の結婚
第7話

 現在、あの日受けたプロポーズの返事は当然ながらイエスとし、一輝は飛び跳ねて喜んでいた。当時はそこまで深く考えず返事をしたが、後々振り返るとできもしない約束を安易に交わしたと後悔していた。近い親戚関係ということ以外に、年齢差や狩野家との確執。どう考えても上手く行く要素はない。
 なにより、一輝自身もいつか初恋という熱から冷め、普通に恋愛するだろうと踏んでいた。そう自分自身に言い聞かせ大学・社会人と経てそれなりに恋愛関係を謳歌してきている。
 しかし、今目の前でお茶漬けを頬張る一輝を見ていると不思議な感覚に包まれる。久しぶり会ったことによる嬉しさと、もしかしたら一輝との約束を一方的に破っているかもしれない後ろめたさ。そして、その一輝を慕い隣に座る千歳。様々な感情が理紗の中で渦巻き心をかき乱す。
(一輝君は私の事を忘れるわけがないって言った。それが事実だとすれば、あのプロポーズのことも忘れていない可能性が高い。だとすると、一輝君はまだ私の事を……)
 内心動揺するものの、悟られないように冷静に場をみつめる。しばらく黙っていると、千歳が予想外な話を振ってくる。
「理紗姉さん、別れた彼氏ってどんな人だったんですか? 実は昼間からずっと気になってたんで」
(ここでその話を振ってくるか! 約束破ったことモロバレになるし! って言うかそれが狙いか。わりと策士だな千歳ちゃん……)
「取引先の方で四つ年上だったかな。普通のサラリーマンよ」
「別れた原因ってなんなんですか?」
(原因、相手に好きな人ができたって? そんな惨めなこと言えないわ……)
 黙り込む理紗を見て、一輝が割って入る。
「チセ、失礼だろ。人の恋愛に土足で踏み込むなよ。人には言えることと言えないことがあるんだ」
(一輝君……)
 思わぬ助け船が出て、千歳はそのまま口を閉ざす。理紗も沈黙を続け、場は一気に重たくなる。堪り兼ねた克典が解散を宣言し千歳は自宅へ帰る。一輝も一緒に帰るかと思いきや今日は克典の部屋でごろ寝すると言い理紗は少しドキドキする。
(久しぶり会って、克典の部屋にいるとはいえ一つ屋根の下か。どうなのよこれ、自分の能力じゃ処理しきれんわ……)
 もやもや気分のまま風呂をさっさと済ませると、同僚の佳織に電話する。昨夜彼と別れ、現在実家において口約束とは言え昔婚約した男と再会した旨を伝えると爆笑される。
『急に実家帰るってメールあったと思ったら、とんでも展開真っ最中とは、胸熱だなおい』
「茶化されると思った。わりと込み合った展開で私的には笑えないんだけどね」
『まだなんかトラブルあんの?』
「うん、その彼を好きな女の子も参戦してて私敵対視されてるっぽい。さっき話したように、なまじ彼が私をかばったからね」
『おうおう、楽しいじゃない。恋のライバルまで出現とは役者揃ってんな。最終回は誰か刺されるんじゃないか?』
「やめてよ、一昔前のトレンディードラマじゃあるまいし。彼とは血縁的に結婚できないし、恋愛に発展することもない。事件なんて起きないよ」
『まああれだ。こうやって私の電話するくらいだからさ、アンタ、その彼のこと意識してるってことの裏返しじゃない?』
(確かに……)
『結婚できない相手って言うんなら、取り返しのつかないことにならないように立振る舞うことね。お姉さんからのアドバイスは以上です。相談料はスイーツのお土産で勘弁しといてやるよ』
 一方的にスイーツの約束を取り交わされ、理紗は通話を終了する。
(意識していることの裏返し、か。正直そんな気持ち全くないんだけ、考えないようにすればするほど一輝君の顔が浮かぶ。自分でも今の気持ちが整理しきれてない。ただ、未来のない恋愛になることは確かだし、本当に一輝君のことを考えるならば、きっぱり付き合えないと言うべきなんだ)
 ベッドで横になり想い巡らせているところでドアをノックされる。
「はい?」
「夜分にごめん。一輝だけど、ちょっと話せるかな?」
(か、一輝君? ホント、なんだろ。でも夜中に男性を部屋に入れるのはちょっと嫌だな……)
「廊下に出るからちょっと待ってて」
 パジャマに上着を羽織ると姿見で髪型等を軽くチェックしてドアを開ける。廊下に出ると背の高い一輝が少し離れたところで腕組みをしている。
「お待たせ。なに?」
「ノリが風呂に入ってる今くらいしか話せそうにないから。さっきの話の続きなんだけど、俺、今でも理紗姉との約束忘れてないから」
「約束って、あの、もしかして、結婚のこと?」
 恐る恐る聞くと一輝は頷く。
(やっぱり、一輝君忘れてなかったんだ。私なんて名前が出るまで忘れてたのに、申し訳ないな。でも、それってまだ私のことをそういう対象として見てるってことに……)
 ドキドキしながら黙り込んでいると一輝が一歩踏み出し目の前に迫る。
「理紗姉」
「な、なに?」
「時間が欲しい」
「時間って、なんの時間?」
「二人っきりの時間。ちゃんと話したいことがたくさんある。今だけじゃ伝えたいこともしっかり伝えられないし、聞きたいこともちゃんと聞けない。時間作ってくれないかな?」
 真剣な眼差しと建設的意見を聞き、理紗も断りにくく考え悩みながらも頷く。
(断るにせよ向かい合って言うのが筋だ。この機会にちゃんと言おう)
「じゃあ明日の法事が済んだら近所の公園で話しましょう。時間は法事の進行次第だから何とも言えないけど、必ず行くわ」
「分かった。じゃあ、また明日。夜遅くごめん、おやすみ理紗姉」
「おやすみ、一輝君」
 克典の部屋に戻る一輝を見て、期待と不安の入り混じる不思議な気持ちになっていた。

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