それっきり、まともに視線を交わすことも出来ないまま、私は速水と一緒に事務所に戻って来た。
事務所の執務室に足を踏み入れた途端、待ち構えていた社長に拉致されるように、速水は奥まった社長室に連行されて行った。
社長相手では、さすがの速水も本気で強気にはなれないらしい。
ものすごく不本意な顔をしながらも抵抗出来ない速水を見送って、私は簡易応接スペースのソファに腰を下ろした。


敢えて言えば、私が今日事務所に顔を出す意味はない。
速水の申し出通り、ここに着く前にマンションの前で下ろしてもらっても良かった。
だけどなんとなく気になって、結局ここまで着いて来た。そして、来たら来たなりにやれることもある。


事務員が気を利かせてコーヒーを運んで来てくれる。
お礼を言ってから一口啜って、あち、と片目を閉じた。
思わず唇を指でなぞって、そんな自分の行動にドキッとして、慌てて手を引っ込めた。


やだ。私、意識し過ぎっ……。
そんな言葉で気持ちを抑え込んだ時、さっきとは別の事務員が私の方に近寄って来た。


「はい、望月さん。これ、この二週間分のファンレターです」


そう言いながら段ボール箱を抱えて来る事務員に、ありがとう、と声を掛ける。
コーヒーカップをテーブルの脇にどかして、とりあえず一番上、手に触れた封筒から開き始めた。
そうして自分なりに気持ちを平静にしようと試みた。


そんな私を横目に、事務員は社長室を気にしている。
その様子になんとなく首を傾げると、事務員は私の視線に気が付いて慌てたように声を上げた。


「あっ……。すみません。ただ、噂、本当なのかな?って思っただけで」

「噂?」

「あれ。望月さん、知りませんか?」

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