シンデレラの落とし物
「追わなくていいから! どっちもちゃんとある。確認したから大丈夫」

耳に心地よく響く声に美雪が振り返ると、内ポケットを確認するようにジャケットを叩いて、男性が近づいてくるところだった。片足が裸足のままでいる美雪を気遣い、微笑みを浮かべるその人に動きが止まる。

「えっ……うそ」

見覚えのある顔に、その穏やかに笑いかける微笑みに美雪の時間が止まった。



その少し前。
突然イタリアの女性に囲まれ、たくさんの手に体のあちらこちらをベタベタ触られ大野秋は困惑していた。
相手が男なら反撃をすることもできたが、相手が相手だけに、下手に手出しをすることができない。
困り果てていると、

「やめなさい!」

石だたみの街並みに響き渡る大きな声。それまで体に触れていたたくさんの手がピタリと動きを止め、波が引くように女性たちは消えていき、秋の前にひとりの女性が現れた。
息を乱し頬を赤く染めた必死の表情で、長い黒髪を揺らして立っているのは、さっきサン・ピエトロ大聖堂で靴が抜けないと困っていた女性だった。体の両側に拳を握り締め臆することなく身構える姿は、女戦士のように勇敢で、

つかの間、全ての背景が消え、秋の目に映るのは彼女だけになった。
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