明日はきらめく星になっても
明日はきらめく星になっても

親友の息子

初めて会ったのは、彼が小学校低学年の頃ーー

「うちの息子だ」
そう言って、亡き親友が連れて来た。
「坊主、名前は?」
「…亨(トオル)」
ぶっきらぼうに答えた。
聞き方がまずかったせいもあるだろうが、何より負けず嫌いな彼の性格がそうさせたのだろう。
「お前、もう少し言い方あるだろう?」
父親に怒られていた。

あの日から二十七年。
今やうちの剣道会になくてはならない、指導者の一人になっている…。


「小野山、年は幾つになった?」
稽古の終了後、何気なく聞いた。
「三十五です」
ぶっきらぼうな言い方は相変わらず。こっちの聞き方も相変わらずだが…。
何故に突然、年を聞くのかと言いた気な顔をしている。
無理もない。ここでそんな話をするのは初めてだから。
「お前、嫁はもらわんのか?付き合ってる女の一人くらいいるだろう?」
「…おりません」
むすっとした表情で答えた。こいつの愛想の無さというか、素っ気なさは、親友以上だ。
「おいおい、三十五にもなって彼女の一人もいないのか⁉︎ …ひょっとして、今時流行りの“ 婚活 ” とかもしとらんのか⁈ 」
「はぁ…興味ないですね」
額の汗を拭きながら、面倒くさそうに答えている。

(困った男だ…)
「お袋さんはどう思ってるんだ?所帯を持てと言わんのか⁉︎ 」
「…以前は言ってましたけど、三十を過ぎたら言わなくなりました」
(優子さん…諦めたな…)
「トオル、悪い事は言わん。お袋さんの為にも早く所帯を持って安心させてやれ。毎日何が起こるか分らんような人生を送ってるんだ…それはお前が一番よく分かってるだろう⁈ 」
「………」
ぐっと奥歯を噛み、悔しそうな表情をした。彼にとって、この話はご法度だったが…。

「この世に生きていた証しを残すのも男の使命だぞ」
(哲司が生きていたら、きっと同じ事を言うだろうな…)
そう思いながら彼を見ると、何やら深刻な顔をしている。さては、亡き父親のことでも考えているか…。

彼…小野山 亨の父(哲司)は、俺の親友でもあり仕事の仲間でもあった。
二十七年前、初めて息子を連れて道場に来て以来、ずっと二人で通って来ていたのだが。
トオルが中二の冬ーーー

哲司が発砲事件に巻き込まれた。
たった一発の銃弾が、彼の命を奪った。あと数センチ外れてさえいれば、死ぬ事などなかったのに…。

(まさかあの事件で、命を落とすことになるなんてな…)

「トオル…」
顔を上げた彼の目に、悲しみの色が垣間見える。こいつにとって父親の死は、未だ薄れる事のない現実だ。
「俺は父親代わりとして言ってるんだ。一人寂しく生きるような事はするな。お袋さんが悲しむぞ」
母親の事を言われると、男は大抵弱い。それはトオルとて同じだった。
「…分かりました…“婚活”します……」
半ば諦めたような言い方をする。それならば…と、彼に勧めた。
「見合い相手を紹介しようか?」
写真だけでも…と、数件頼まれていた。
「いえ、相手は自分で探します」
「そうか…」
そう言うだろうと思ってたんだよ。こいつは言い出したら聞かない性格だから…。
「じゃあ、もし誰も見つからなかったら言ってこい。その時はお前に似合いそうな女性を紹介してやろう」
「はい。その際はお願いします」
礼儀正しく、頭を下げた。今時こんな青年はそういないのだが、これが返って、現代女性には不適合なのかもしれない。


「青龍会」という団体に加盟しているうちの剣道会は、主に警察庁関係者で構成されている。
しかし近頃は精神鍛錬と称して、子供を通わせる親も多く、師範免許を持っている俺とトオル、他の二名とで子供の指導も行っていた。
本人は結婚する気などない風だったが、子供と接している時のトオルの表情は柔らかく、普段は見せないような笑顔も見せている。
長年警察庁に勤めていると、表情はどうしても固くなりがちだが、緊張というものは、たまに解してやらないと上手く働かなくなる。
そんな訳で、俺は剣道会の若い連中に、熱心に“婚活” を勧めていたのだが、トオル関しては他の者と違って、「自分」というものをしっかり持っている。たまに女性の手作りと思われる物を持っている事もあったし、てっきり付き合っている女の一人や二人、いるもんだとばかり思っていたから、敢えてアプローチもしてこなかった。

「もう三十五か…」
哲司と二人、並んだ写真を見ながら呟いた。
「お前が死んで、十年以上も経つんだな…」

銃弾に倒れ、薄れていく意識の中で、最後まで家族のことを心配していた…。
あの日託されたお前の最後の言葉を、俺はずっと忘れた事はない…。

「いつかあの言葉を、トオルに伝える時が来るかな」
開き始めた未来に、微かに胸が踊る。
親友の息子に運命的な出会いが訪れることを、俺は心の底から祈ったーーー。
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