明日はきらめく星になっても

枝葉の如く

トオルと“ 婚活 ”の話をした一週間後くらいだったろうか。
「明日、見合いをして来ます」
彼の方から報告があった。
よくよく話を聞くと、『結婚相談所』へ行ったらしい。

「ウェディングアドバイザーと仰る方が、あまりにいろいろ聞かれるので、面倒臭くなりまして。取り敢えず、最近申し込みのあった方の中から一名選びました」
何とも色気のない選択方法だ。もう少しじっくりとよく見れば良いものを。
「それで、どんな女性なんだ」
顔写真くらいはあるんだろうと言うと、
「まぁ一応」
という返事。
「好みのタイプなのか?」
そう聞くと、思い起こすかのように見上げている。
「呆れた奴だな。見合いする相手の顔も思い出せんのか」
「すみません…。あまりに多くの方が登録されていたので、取り敢えず一回目の方は、程々の人にしておこうと思ったもんですから…」
女性が聞いたら怒りそうな選び方だが、それでもまぁいい。奴が本気で相手を探そうとしているのなら。
「上手くいくといいな」
そう言葉をかけた。トオルの方は、少々困ったような顔をして頷いていたが……。

その日から三日後の稽古を、トオルはいつものように淡々と終え、帰り支度を始めていた。
「どうだった?見合いは」
声をかけると、渋い表情をした。どうやら俺は、聞かれたくないことを聞いてしまったらしい。
「上手くいきませんでした…」
つまらなさそうに軽く息をつき、こう続けた。
「相手を怒らせてしまったので」
「怒らせた⁈ お前、一体何をしたんだ⁈ 」
驚く俺に、はあ…と溜め息を漏らし、トオルは相手の女性とした会話の一部を話してくれた。

「ーーなんと、お前、相手にそんな事を言ったのか…」
結婚について前向きでないなど、よくぞ言ったものだ。
「でもですね、その人、開き直って本音言って帰りましたよ。“お試し”見合いだったんだと…」
「そりゃお前が、相手を腹立たせるような事を言ったからだろう⁈ 大体、お前自身も似たようなものだったじゃないか⁈ 一回目の相手は“程々の人” にしたとか何とか、言ってたなかったか⁈ 」
「それはまぁ、そうですけど…」
申し開きもできないでいる。だからもう少し、よく見て選べば良かったんだ…。
「とにかく過ぎてしまった事を、あれこれ言っても仕方ない。今回はたまたま縁がなかっただけだ。早く次を考えろ。でも、いいかトオル、今度はじっくりよく考えて選べよ。でないと中途半端な気持ちでは相手に失礼だぞ!」
「はぁ。肝に銘じておきます」
言葉づらはいいが、実に面倒臭そうだ。相手の女性も女性だが、こいつも心から前向きに結婚を考えているようには思えん。

(一体、何の為に結婚相談所に入会したんだか…)
俺に言えば、さっさと話をまとめてやったものを…。
(贅沢は言わん。せめて、付き合ってみようと思うような女性に巡り合ってくれ…)

そんなやりとりがあった翌週、県の剣道大会があり、俺とトオル、他二名の指導者は子供達を引率して、開催地近くの温泉旅館に宿泊した。夕食後に酒を飲み過ぎたと言い、夜中に部屋を出て行ったトオルは、何時に戻って来たかは定かではないが、朝はすこぶる機嫌が良かった。
「おはようございます」
挨拶する顔が、やけに清々しい。
「なんだお前、今朝はえらく調子良さそうだな。昨夜は飲み過ぎて、散歩して来ると言ってたくらいなのに」
笑みを浮かべ、何処か浮き足立ってるようにも見える。
「実は昨夜、意外な人と会いまして…」
意味深な言葉に、何か良い事があったのだなと思ってはいたが、二週間後の稽古の日には、暗い顔をして溜め息をついていた。

「女性って分からないですね…」
藪から棒に何を言い出すのかと驚いた。
「なんだ、急に。何かあったのか⁈」
尋ねると、あの剣道大会のあった夜、偶然にもこの間見合いした女性と庭で鉢合わせしたと語りだした。

「見合いのことを、丁寧に謝られまして。その後、少し話をしたんですが、本人が言われる程、いい加減な人じゃなさそうだったんで、また会って下さいとお願いしたんです」
(ははぁ…それで、あんなに浮き足立ってたのか…)
「それで…会ってみてどうだった?感じのいい人だったか?」
「…少なくとも、嫌な感じではありませんでした。年も近いので話も合いましたし、さり気なく気遣いも出来る方のようでした。ただ…」
「ただ…?」
暗い顔をして、何やら思い出したらしい。次の言葉が出るまで、少し間があった。

「…心の中に、何か重たい物を持っているみたいで、それを自分が聞いてもいいのかどうか迷ってる所です…本気で付き合うと、決めた訳でもないのに…」
聞いてみたいのは山々だが、聞いてしまうと後には引けなくなるような気がするのだろう。真面目な男だ。
「それは何だ。前に付き合ってた男の事か?」
よくある話を想定して聞くと、そうではないと、首を横に振った。
「前にしていた仕事のことで、気持ちが…と言うか、心が少し弱ってるみたいです。一部話してくれたんですが、どうも彼女にはそれが不覚だったらしくて、別れる時、顔も見せてくれませんでした…。だから次に会う約束も取り付けられなくて…」
重たい女と付き合うのは、男としては避けたい所だ。しかし…
「トオル、お前自身としてはどうなんだ?次も会ってみたいんじゃないのか?」
大抵の場合、こういう事を喋るというのは、相手に幾らかの思い入れがある証拠だ。
この真面目で頑固な奴が、そう思えるようになったという事は、実にいい兆しではあるが…。

「……今は…それすらも迷う感じです…」
弱っている女を優しくするのは簡単なことだ。優しくされれば女も嬉しいし、すぐ本気になるだろう。
けれど、この一本気で真面目な男には、そんな弱みにつけ込むような恋愛はしたくないという考えがあるように思えた。
「それなら残念だが、やめといた方がいいな。迷いのある相手とは長続きもせん」
あっさり突き放すように言うと、トオルは一瞬、戸惑ったような顔をした。しかし、すぐに平然として答えた。

「そうですね…そうかもしれません…」
「……残念そうだな」
納得のいかない顔を見て言うと、意外にも素直な返事があった。
「残念です。会ってみると楽しかったので」
「ほぉ…」
「何ですか⁈ 」
「いや、お前がそんな風に本音を口にするなんて、珍しいと思ってな」
俺の言葉に照れている。こんなトオルの姿を見るのも、極めて珍しかった。
「まぁ、また縁のある女性と出会えるさ。気長に待てばいい」
「はぁ…そうですね」
納得するように返事はしているが、顔を軽く失恋したようにも伺える。ははん。さては少し本気になりかけていたか。

俺自身は、学生時代から友人として付き合っていた女性と、卒業と同時に結婚した。
だから、ある程度気心も知れていたし、お互い相手がどんな人間であるかも承知した上で一緒になった。
しかし、見合いの場合は、何も知らない状態から全てが始まり、二人で一から作り上げていかなければならない。
それは、樹が枝葉を少しずつ伸ばし、大きく育っていくのに似ているが、今回の場合は、その枝葉が伸びかけた所で、立ち枯れてしまった感じに近いだろう。
トオルには少し心残りもあるかもしれないが、これも次へのステップだと思い、諦めるしかない。

< 2 / 28 >

この作品をシェア

pagetop